『シナ4000年の歴史』再度、雑感
投稿者: wooo3810 投稿日時: 2004/02/21 01:46 投稿番号: [107970 / 232612]
地理的・歴史的概念で捉えた場合、あの地域を総称的に表記するには「シナ」が適当なんだろうと私も思います。
戦後の日本社会は、植民地支配当時のトラウマ(たしかに差別的ニュアンスをも含んでいた)と朝日等の恣意的喧伝によって「中国」(逆にシナ側から見た優位性を表す差別表記)が固定化してしまうという皮肉な事態に陥ってしまったと言える。
私も日常的には当然のように「中国」と言っているし(笑)
4000年の歴史云々については、単一民族としての連続性の結果なのか否かがポイントかと思うが、その意味では漢民族が主流であっても多民族が割拠していた広大な地域からして、答えは「否」でしょう。
(そもそも民族という概念自体、言語・宗教・生活習慣・食物の獲得手段等の同一性が目安かと思うけど明確な定義ずけってあるのかな)
だからと言って私は、あの広大な地域で単一民族としての連続性を保てなかったからといって、その民族が劣っていると言ってるのじゃありません。
アル意味地勢的必然かと。
一方、日本は少なくとも聖徳太子以降、日本(人)としてのアイデンティティー(民族的自我)を途切れることなく現代まで辿ってこれた。
武家時代以降、日本国内で政権が代わったとしても日本民族であることに変わりわなかった。
島国という自然の要塞に守られた幸運もあるでしょう。
しかし、意味のあることは、単にその民族の歴史の長短ではないですからね。(昨日も言ったように)
シナが4千年とすれば、日本は民族的自我を確立した以降の歴史はズット短いかもしれないが、その期間の中で真っ当な進化を遂げてきた事こそが子孫としては誇れることかと。
日本人で良かった(笑)
寝る前に、空けてみたら目にとまりましたが、グダグダ当たり前のことぉ書いてしまいました。
酔っ払いにつき(ネミー〜)
これは メッセージ 107883 (vaio6253 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143583/beaec0tbcsaja4nkacdaba4h2ddbja4ka4da4a4a4fa1ya1ya1ya1ya1y_1/107970.html