中国は昔から密航者の震源地
投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2004/02/18 21:24 投稿番号: [107558 / 232612]
中国沿岸部にある福建省は、昔から海外渡航者の多い地域であった。18世紀には、イギリス領のマレー半島やオランダ領東インド(今のインドネシア)などの植民地の労働者として福建人が渡航して行った。19世紀に入ってカリブ海地域で奴隷制が廃止されると、サトウキビ農園などの人手不足を補うために、数万人の若者が福建からキューバなどに働きに出かけた。
1949年に国民党が共産党との内戦に敗れ、台湾に逃げる直前には、国民党軍の兵力不足を補うため、福建省の農村から、なかば強制的に無数の青年が兵隊にとられ、兵卒として台湾に渡った。彼らの中には結婚できず終生独身の人も多く、大陸の故郷に帰れないまま、年老いた今、台湾各地に点在する軍人用の老人ホームなどで寂しく生活している。
移民のほか、13世紀のマルコポーロや、15世紀に明朝の皇帝の命令でインドや中東まで航海した鄭和の艦隊なども福建省の港から船を出しており、福州や廈門、泉州といった福建省の港町は、国際貿易都市だった歴史も持っている。
福建省の沿岸部が多くの移民を輩出してきた歴史は、今も続いている。最近ヨーロッパに適正なパスポートやビザを持たずに入ろうとして検挙される「不正移民」のうち、8割前後は中国人であるが、そのうち7−8割は福建省の沿岸部、特に福州市の近郊に住んでいた人々だ。
(彼らの中には、中国政府による人権弾圧に耐えかねて出国したと主張する人々が多く、その主張に従えば「不正移民」ではなく、人権上国際的に認められた「亡命者」「亡命申請者」ということになるが、実態は欧米や日本への出稼ぎである場合が多いので、ここでは「不正移民」という言葉を使う)
福州市の近郊には、不正移民で有名な町がいくつかある。このうち、福清からは日本に行く人が多く、長楽や連江からはアメリカを目指す人々が多い。そのほか、比較的入国が簡単な東欧地域の中で、経済が割と発展しているハンガリーに集中して移民者を出している町もある。その多くは、正式なパスポートやビザを持たずに出かける人々である。
最初に渡航した人々が、渡航先で経済的に余裕が出てくると、親戚を次々と呼び寄せ、最後には町の若者のかなりの部分が渡航しているという状況になる。長楽市には、若い男性のほとんどがアメリカのニューヨークに行ってしまい、妻と幼い子供たちと老人しか残っていないため「寡婦村」と呼ばれている地域がある。その地区の家々の多くは、アメリカからの送金で立派に建て直され、プールがついている豪邸も珍しくない。祖先の墓も立派に作り直されている。
とはいえ、せっかく豪邸を建てても、住む家族はだんだん減ってしまう。アメリカに渡った夫に経済的な余裕ができると、妻や子供たちも「蛇頭」と呼ばれる不正移民渡航業者(マフィア的な地下組織)に巨額の金を払ってアメリカに渡り、最後に残るのは年老いた老夫婦だけになってしまう。
豪邸は、実用よりもむしろ、その一家がアメリカ渡航者であることを示すステイタスシンボルとして機能している。福州の周辺では、不正移民は後ろめたい行為ではなく、豊かになるために必要な冒険とされている。
1949年に国民党が共産党との内戦に敗れ、台湾に逃げる直前には、国民党軍の兵力不足を補うため、福建省の農村から、なかば強制的に無数の青年が兵隊にとられ、兵卒として台湾に渡った。彼らの中には結婚できず終生独身の人も多く、大陸の故郷に帰れないまま、年老いた今、台湾各地に点在する軍人用の老人ホームなどで寂しく生活している。
移民のほか、13世紀のマルコポーロや、15世紀に明朝の皇帝の命令でインドや中東まで航海した鄭和の艦隊なども福建省の港から船を出しており、福州や廈門、泉州といった福建省の港町は、国際貿易都市だった歴史も持っている。
福建省の沿岸部が多くの移民を輩出してきた歴史は、今も続いている。最近ヨーロッパに適正なパスポートやビザを持たずに入ろうとして検挙される「不正移民」のうち、8割前後は中国人であるが、そのうち7−8割は福建省の沿岸部、特に福州市の近郊に住んでいた人々だ。
(彼らの中には、中国政府による人権弾圧に耐えかねて出国したと主張する人々が多く、その主張に従えば「不正移民」ではなく、人権上国際的に認められた「亡命者」「亡命申請者」ということになるが、実態は欧米や日本への出稼ぎである場合が多いので、ここでは「不正移民」という言葉を使う)
福州市の近郊には、不正移民で有名な町がいくつかある。このうち、福清からは日本に行く人が多く、長楽や連江からはアメリカを目指す人々が多い。そのほか、比較的入国が簡単な東欧地域の中で、経済が割と発展しているハンガリーに集中して移民者を出している町もある。その多くは、正式なパスポートやビザを持たずに出かける人々である。
最初に渡航した人々が、渡航先で経済的に余裕が出てくると、親戚を次々と呼び寄せ、最後には町の若者のかなりの部分が渡航しているという状況になる。長楽市には、若い男性のほとんどがアメリカのニューヨークに行ってしまい、妻と幼い子供たちと老人しか残っていないため「寡婦村」と呼ばれている地域がある。その地区の家々の多くは、アメリカからの送金で立派に建て直され、プールがついている豪邸も珍しくない。祖先の墓も立派に作り直されている。
とはいえ、せっかく豪邸を建てても、住む家族はだんだん減ってしまう。アメリカに渡った夫に経済的な余裕ができると、妻や子供たちも「蛇頭」と呼ばれる不正移民渡航業者(マフィア的な地下組織)に巨額の金を払ってアメリカに渡り、最後に残るのは年老いた老夫婦だけになってしまう。
豪邸は、実用よりもむしろ、その一家がアメリカ渡航者であることを示すステイタスシンボルとして機能している。福州の周辺では、不正移民は後ろめたい行為ではなく、豊かになるために必要な冒険とされている。
これは メッセージ 107555 (hangyosyufu さん)への返信です.