小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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小泉首相の再訪朝を求めるのは③

投稿者: komash0427 投稿日時: 2004/01/30 12:05 投稿番号: [104082 / 232612]
このときの苦い経験は、やはり日本人は外交経験が非常に未熟だということを如実に示していることだと思います。

官邸・外務省はこのとき交渉に臨むにあたって、あらゆる事を(表現は不適切ですが、たとえば一人死亡の場合、二人死亡の場合、全員死亡の場合、また拉致はない言ってきた場合など、考えられる全てのケース)あらかじめ想定して、それに対して一つ一つのケースに対応したシナリオを描いて、交渉に臨むべきでした。死亡者がいるというなら、だれが、どのように確認するのか?それは事実なのか?それとも虚偽はないのか?信憑性にかけるならどう追及するのか?現実には会談に臨んだ首相、外務省高官は、「ある程度の生存情報はえられるだろう」と非常に大雑把な認識、期待を持っていたはずです。最初から国交樹立交渉再開を目的として会議に臨んだから金正日にいいようにあしらわれたのです。対北融和派の外務省高官がお膳立てした会議だからと言うことを差し引いても、惨めな外交結果です。

このような批難は、じゃんけんでいう 「あとだし」でしかありませんが、あの時きちっと確認作業を行った上で、会議に臨んでいたらもっと違う結果に繋がっていたのではないかということを私は今でもそう思っています。外交は「ゲーム」という人がいます。自国の利益を獲得するために最小限の譲歩で最大限の成果をうるための駆け引きの場が外交でしょう。きちっとあらゆるケースを想定して、臨んでいたらもっと違った結果になったと思います。

日本には外交がないということを浮き彫りにしたのもまた2002年9月17日です。

会談当時、蓮池董さんと面談した梅本英国公使は、何ら事前に蓮池さんであることの個人情報も持たず、面会した当日も彼の写真をとることもせず、筆跡鑑定をすることもせずにいたと言うではありませんか?それでどうして彼は生きていると証言できるんですか?梅本公私も以前は北東アジア課に在籍していましたが、そんなキャリアを持つ人手さえ、このていたらくですよ。

また平壌→官邸→飯倉公館で死亡情報を受けた当時の外務副大臣は、家族へ死亡を通告したわけですが、家族から、確かなのかと詰め寄られても、「確かです。死んでいます。」と涙を流すばかりで答えるのに精一杯で、食い下がる家族から「本当なのですか?証拠はあるのですか?」と詰め寄られて「証拠は、判りません。でもこういう情報です。私はこのように伝えられました。」というやり取りがあったそうです。彼などは副大臣として外交にどのような素養をお持ちなのか私は知りませんが、要は「あの人がああいったから、お伝えしました」と言うことでしょう。職業意識の欠片も感じさせない仕業と言うほかありません。外交を云々する以前の問題です。
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