小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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>計算し直すと

投稿者: yayoijin_matsuei 投稿日時: 2004/01/24 23:38 投稿番号: [103117 / 232612]
なかなか「計数」に強いようですね。ま、ヒトの書いた内容を丸のみせず検証すること
は大事なことです。しかし、正直、難儀ではありますね。

問題は、G)ですが、

あなたの計算の根拠となっているモデルについて、私なりに理解しようと試み
ました。
問題は、
>25年後の45歳との中間値40歳を25年間通じた平均寿命とします。
そうしますと25年間の死亡率は62.5%となり、生存人口は705万人となります。

ここのところです。これは私なりにイメージを組み立てると、
いわゆる人口構成の「ピラミッド」の形が、「ドラム缶」型と言っていいか、
最もシンプルなモデルで、ドラム缶を立てて、その上辺の位置が40歳、で形は
ズンドウという風に置き換えることができると思います。

で、25年経った時には、0歳の人が25歳になり、元15歳以上の人は、15歳以上+25年
で40歳以上になり死亡している。従って、25年経った時点の25〜40歳(平均寿命)の
人の割合は、15/40 = 0.375(37.5%)   という計算を導き出していると思います。

問題は、この「ドラム缶」型人口構成モデルが適切かと言ったら、結論から言えば、不適当だと思います。

この当時の平均年齢を下げていた要素の大きなものは、幼児の高い死亡率だと思います。
幼児期を生きたものは、後は(老年期までは)安定期(死亡率は低い)に入ってかなり長生きすると
いうパターンです。
例えば、平均寿命30歳として、幼児期(例えば0歳から4,5歳)に半数が死亡していれば、
そこを生き抜いた残りの人の平均余命は50〜60歳になる計算になります。(全体の平均寿命
の約2倍弱)

この方がむしろ実感的にも納得できるような気がします。

そういうモデルで、1917年時点で平均寿命、29歳と想定して、1942年時点の生存率
約50〜55%となり、1917年の人口、1600万人として、25年後には生存者800〜880万人、男はその半分、400〜440万人という数字が出ます。

次に、H)ですが、

>在朝日本人75万人は了解です。しかし外地で日本人がいるのは朝鮮半島だけではありません。

満州、台湾、その他を含めてという話ですが、それはちょっと。
じゃ、台湾住民の扱いは?   満州現地民のことは・・・・と波及しだしたら、ちょっと収拾でき
ません。それは、また、別の次元の話でしょう。

取りあえず、以上、コメントしておきます。

なお、MSG 102860   の下記について答えておきます。

>これまでの議論で弥生人末裔さんは「どれだけ参加できれば国政にタッチできたか」は明示されてませんね。
ぼくは約10%の現状でタッチできていると判断しています。
日本人と平等までいかなければ「国政にタッチできない」のでしょうか?

「どれだけ参加できれば国政にタッチできたか」については、考える価値があるかどうか?

私は
「公平にいけば、有権者となるべき人の92〜95%が対象外となっていたのだから、国政に等しく
参加し得ていたとは言えないのでは?    ・・・という意味です。」(メッセージ: 102494 )

と書きました。それで、十分ではないかと考えます(この92〜が若干下がったとしても)。
歴史上のある時期の事実についての評価を確認しているだけです。
「タッチ」という言葉自身、曖昧な言葉だと思いますし。議論するベースにはならないと思います。

また、選挙制度のことだけを深めても、当時の日本自身、政党政治は解体してしまっていては、
どれだけ意味があるかという問題もあり、単なる一面の議論にしか過ぎないので。

ただ、一つの判断材料としての側面であることは間違いないとは思いますが。
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