無理やり併合への歴史
投稿者: wintrip_02 投稿日時: 2004/01/19 01:07 投稿番号: [102097 / 232612]
>併合の結果として日本に編入された以上(植民地ではない)
1905.11.第二次日韓協約=乙巳いっし保護条約
外交権の剥奪、統監政治の開始
小山憲兵隊長がひきいる日本憲兵隊の包囲の中で開かれた韓国政府の閣僚会議に、
(特命全権)伊藤博文が日本公使林権助、朝鮮誅殺軍司令長谷川好道を引き連れて
参加し、採決を強行したものです。
この協約を審議する閣僚会議に臨む対策として、一つは閣僚を集めて彼らが
逃げないように、「護衛」の名目で会議場まで日本の軍隊が連れて行く。
それは長谷川好道司令官がやる。
二つ目は国王の印章、邸璽というのですが、これを保管する係が持って
逃げないように、屈強な日本人を派遣してずっと監視する。
つまりこの協約を審議する閣僚会議は、全く日本憲兵の包囲の中で、
伊藤博文が朝鮮の大臣に対して、一人ひとりにイエスかノーを個人審判する
という形態を取ったのです。
そこで総理大臣韓圭ソルは決死的に反対しました。
ですから彼は無理やり別室に連れて行かれ、軟禁されるのです。
個人審問の場面を見れば、積極的にイエスといったのはかれ(李完用)一人です。
あとはみんな怖がって曖昧に言ったのを、イエスだと勝手に賛成に決められた。
伊藤博文はこのように、一方では韓国政府の閣僚を脅迫して保護条約を
強制するかたわら、その顧問内田良平(黒竜会主幹)をして、李容九、
宋ピョンチュンらの一進会を操らせ、朝鮮に対する
日本の「保護」から「併合」を賛成するかのような民意を
偽造するための声明を連発させました。
日本による朝鮮支配の40年 姜在彦
これは メッセージ 102081 (konotokikaraimasu917 さん)への返信です.
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