粘着:ストーカーの謝罪要求心理2
投稿者: konotokikaraimasu917 投稿日時: 2004/01/18 22:09 投稿番号: [102003 / 232612]
http://www2.justnet.ne.jp/~pigeon/hansikaku.htm
まるで悪意を持った愚かな人間が下手な演出を展開してしまって、多くの矛盾や虚偽や欺瞞が露出してしまう、と言う感じです。
謝罪を要求される日本人の立場からすると、あまりに強い違和感を感じさせ、不信感を募らせるばかりなのです。
その様に不信感が募ると言うと、通常はそれ程には確認する必要性が無い所にまで確認作業の必要性を感じる様に成ります。
その確認の作業とは、2,の「謝罪を要求されている者達に対して、謝罪を要求する側が邪念を持っていない事」と言う所です。
彼等の謝罪要求に置いては、「根本的な必要性、或いは欲求」と言う性質の心の作用として、日本に対する邪念は存在していなかったのでしょうか。
沢山の大きな盗みを重ねた盗人が、その彼等に対して不信感を募らせている被害者、お金持ちの国に対して、「充分に成功裡に納まると言う目算の立つ謝罪要求」をする行為に依って、嗜虐的に相手の名誉を汚し、自分が高い名誉を獲得すると言う、邪念は無かったのでしょうか。
いわば「他人の名誉を盗み取る」と言う行為で有る可能性は、そこには無かったのでしょうか。
最悪の可能性として、新たに沢山の大きな盗みをする為に、その「不当に得られた名誉と信用」(戦争被害者として居住権を獲得した正当な移住者と言う標榜)を悪用しようとしていた、と言う事は無いのでしょうか。
理性が発展した現在の地球人類に置いては、殆ど消滅していた様な悪魔的な卑劣な盗みで有り、古代の後進国の人間の様な、基本的人権どころか神をも冒涜する様な卑しい盗みの手法です。
ですがここには戦争責任論の宿命として、「敗戦国は謝罪要求の正当性を否定する事は出来ない」と言う暗黙の鉄則が有ります。
戦勝国の中で戦争に依って失われた命の価値が、問題に成るからです。
その「戦勝国の中で戦争に依って失われた命の価値」を些かでも否定する事は出来ない以上は、敗戦国に突き付けられた謝罪要求は、基本的に否定出来ないのです。
その結果現象として、武力の行使と言う形で大陸に移住した350万人の日本人は裸同然で日本に追い返されたが、労働争議以上の武力的圧力で日本に入国を果たし、2ヶ月後にその侵略的悪意に気付いて展開されていた強制送還作業に対しての船舶爆破、盗みだしなどの破壊工作で日本に居残り、米軍の軍事力の威光で全議会の意志に反して居住権を獲得した彼等に対して、現代の日本人が謝罪をする事を求められると言う捻れ現象が有ると思います。
こうした謝罪要求に対して何ら懸念が示されない時には、最悪の場合はどの様な危険が生じる事に成るでしょうか。
「強さとしても規模としても、神の様なレベルで悪魔的な技が容易に行い得る」
と言う事が出来るかも知れません。
実際は如何で有ったのでしょうか。掘り下げて考えて見る必要を感じます。
謝罪を要求すると言う行為を考えて見ますと、人間にしか備わっていないその行為として基本的に求められる条件が有ります。
それは謝罪を要求される側の身柄の安全確保が保証されている事で有ります。
原則としては、刑罰を科す立場の裁判長や検事、警察官が、日頃の警察に置いて日常茶飯事の様に盗みを重ねていたり、その様な目的意識を持っておりながら、善良な社会に対してその行いの一部分を捉え、断罪すると言う事は出来ません。
もし、その様な事が行われれば、人間の社会全体が理性を失い、お互いに善良に生きる勇気を失い、善良に生きる事の正しさを疑い、依り高度な悪意を持ち高度な不正や犯罪を行う事に邁進する様に成ってしまうからです。
まるで悪意を持った愚かな人間が下手な演出を展開してしまって、多くの矛盾や虚偽や欺瞞が露出してしまう、と言う感じです。
謝罪を要求される日本人の立場からすると、あまりに強い違和感を感じさせ、不信感を募らせるばかりなのです。
その様に不信感が募ると言うと、通常はそれ程には確認する必要性が無い所にまで確認作業の必要性を感じる様に成ります。
その確認の作業とは、2,の「謝罪を要求されている者達に対して、謝罪を要求する側が邪念を持っていない事」と言う所です。
彼等の謝罪要求に置いては、「根本的な必要性、或いは欲求」と言う性質の心の作用として、日本に対する邪念は存在していなかったのでしょうか。
沢山の大きな盗みを重ねた盗人が、その彼等に対して不信感を募らせている被害者、お金持ちの国に対して、「充分に成功裡に納まると言う目算の立つ謝罪要求」をする行為に依って、嗜虐的に相手の名誉を汚し、自分が高い名誉を獲得すると言う、邪念は無かったのでしょうか。
いわば「他人の名誉を盗み取る」と言う行為で有る可能性は、そこには無かったのでしょうか。
最悪の可能性として、新たに沢山の大きな盗みをする為に、その「不当に得られた名誉と信用」(戦争被害者として居住権を獲得した正当な移住者と言う標榜)を悪用しようとしていた、と言う事は無いのでしょうか。
理性が発展した現在の地球人類に置いては、殆ど消滅していた様な悪魔的な卑劣な盗みで有り、古代の後進国の人間の様な、基本的人権どころか神をも冒涜する様な卑しい盗みの手法です。
ですがここには戦争責任論の宿命として、「敗戦国は謝罪要求の正当性を否定する事は出来ない」と言う暗黙の鉄則が有ります。
戦勝国の中で戦争に依って失われた命の価値が、問題に成るからです。
その「戦勝国の中で戦争に依って失われた命の価値」を些かでも否定する事は出来ない以上は、敗戦国に突き付けられた謝罪要求は、基本的に否定出来ないのです。
その結果現象として、武力の行使と言う形で大陸に移住した350万人の日本人は裸同然で日本に追い返されたが、労働争議以上の武力的圧力で日本に入国を果たし、2ヶ月後にその侵略的悪意に気付いて展開されていた強制送還作業に対しての船舶爆破、盗みだしなどの破壊工作で日本に居残り、米軍の軍事力の威光で全議会の意志に反して居住権を獲得した彼等に対して、現代の日本人が謝罪をする事を求められると言う捻れ現象が有ると思います。
こうした謝罪要求に対して何ら懸念が示されない時には、最悪の場合はどの様な危険が生じる事に成るでしょうか。
「強さとしても規模としても、神の様なレベルで悪魔的な技が容易に行い得る」
と言う事が出来るかも知れません。
実際は如何で有ったのでしょうか。掘り下げて考えて見る必要を感じます。
謝罪を要求すると言う行為を考えて見ますと、人間にしか備わっていないその行為として基本的に求められる条件が有ります。
それは謝罪を要求される側の身柄の安全確保が保証されている事で有ります。
原則としては、刑罰を科す立場の裁判長や検事、警察官が、日頃の警察に置いて日常茶飯事の様に盗みを重ねていたり、その様な目的意識を持っておりながら、善良な社会に対してその行いの一部分を捉え、断罪すると言う事は出来ません。
もし、その様な事が行われれば、人間の社会全体が理性を失い、お互いに善良に生きる勇気を失い、善良に生きる事の正しさを疑い、依り高度な悪意を持ち高度な不正や犯罪を行う事に邁進する様に成ってしまうからです。
これは メッセージ 101991 (gomishuushuubukuro さん)への返信です.