あるHPからの写しです。
投稿者: fabyounkana 投稿日時: 2004/01/17 23:58 投稿番号: [101680 / 232612]
残念ですがここのHPは何らかの圧力で閉鎖されました。ここの情報は有志のかたが、保存してしたのを利用しています。かれらの圧力はかなり卑劣です。そのためソースは明かせません。
ルーツはこれです。
「日本外交はなぜ朝鮮半島に弱いのか」
佐藤勝巳
2002年
草思社
日本が暴力に屈した日 (灰色文字は管理人注)
(上記「朝鮮総連工作員」の記述と同時期の話)
朝銀をめぐって最初のトラブルが起きたのは1967(昭和42)年のことである。東京在住の総聯商工人で、のちに暴力団員に殺された具次龍氏の脱税容疑で、国税当局は氏の取引先である朝銀の前身、同和信用組合(台東区上野)に資料の提出をもとめた。同和信組はこれを拒否した。国税局は強制捜査をおこなうことにした。ところが同和信組はシャッターをおろし捜査を実力で阻止した。国税局は機動隊をともなって、バーナーでシャッターを焼き切り、強制捜査を実施した。これを契機に総聯は、全国の総聯系在日朝鮮人多住地域の税務署に「抗議行動」をかけた。各地の税務署で業務妨害が発生した。このとき日本政府は、国家公務員たる税務署員にたいする公務執行妨害でこれを取り締まろうとしなかった。国税局と具次龍氏との脱税に関する和解は1976(昭和51)年に成立した。
これは メッセージ 101678 (perusonanongrata さん)への返信です.
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