平壌出迎え提案は北の常套手段3-1
投稿者: perusonanongrata 投稿日時: 2004/01/17 17:18 投稿番号: [101515 / 232612]
クライン孝子:『テロのトラウマから抜け出せぬ日本』
平成16年1月16日付産経新聞「正論」より
《対照的だった日独の対応》
古傷に触れるようで申し訳ないのだが、あえて当時13歳だった横田めぐみさんが、下校の途中、北朝鮮の工作員に拉致された1977年という年を振り返ってみようと思う。
この事件が発生したのは11月15日である。直前、偶然とはいえ、日独両国で国を動転させる二つの大事件に直面している。
一つは9月28日のダッカ事件で、乗員・乗客151人を乗せたパリ発東京行きの日航機が日本赤軍によって乗っ取られた事件。今一つは10月13日、西ドイツで約80人を乗せたモロッコ発フランクフルト行きのルフトハンザ機がドイツ赤軍によってハイジャックされ人質に取られた事件である。
その解決策が対照的で興味深い。日本では「人名は地球より重い」と「超法規的措置」で彼らの釈放条件を全面的に呑み、在監・拘留中だった赤軍はメンバーら6人を釈放したばかりか、身代金600万ドルを支払った。
これに対して西ドイツは、「テロに屈するようでは国家の資格なし」として、すべての要求を突っぱねてしまったばかりか、現地に閣僚の一人を派遣して巧みな交渉にあたらせるとともに、特殊部隊を送り込み、機を見て急襲、犯人全員を射殺し、人質を無事救出してみせた。
あれから既に四半世紀がたつ。その間、日本では横田めぐみさんを含む8人の行方不明者の消息はもちろんのこと、一昨年10月15日、帰国した5人の拉致被害者が現地に残してきた家族の帰国すら目途がつかず、膠着状態のまま一向に進捗をみていない。
一方、ドイツは東西分断時代を含め、拉致被害事例は枚挙にいとまがなかったものの、その都度、国を挙げて救出してきた。昨年1年を顧みても、拉致事件はアルジェリアとイランで二件発生したが、いずれも救出に成功している。そのルーツが、実は77年の日独によるテロ対策の違いにあるのは歴然としている。
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
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