第3回茨城県民集会INみと(2)
投稿者: salas8913 投稿日時: 2004/01/13 03:31 投稿番号: [100506 / 232612]
<安明進氏の演説>
通訳
西岡力氏
拉致された日本人がキンショウニチが明らかにした13人なんでしょうか?絶対にそうではありません。
ここにいらっしゃる皆さんはあまり国際的な脅威を感ぜずにずっと暮らしていらっしゃったから、韓半島の北と南の中で起きている色んなことをご存知ないと思います。
韓国は北との対立があるためにすべての海岸に鉄条網が敷かれていて、夜になると軍人が見張りに立つわけです。そして海には船と飛行機で警戒しているわけです。ですから韓国に侵入するのは非常に難しいのです。
ですから今まで数十隻の北朝鮮の工作船が、韓国と交戦状態になって沈没させられたり拿捕されたりして捕まったのです。また数十人の北の工作員が韓国の中で射殺されたり逮捕されたりしました。それだけ韓国侵入は難しいのです。そのような困難な韓国から何人拉致してきたかご存知ですか?4千人という人達を拉致していたんです。そして486人をまだ韓国に戻さないで抑留し続けているのです。
私はキンショウニチ政治軍事大学で工作員教育を受けたんですけども、そこに韓国から拉致された、そして工作員を韓国人に化けさせるための教官が80人以上いました。
しかし日本は、工作員達はこう言っているのです。日本に入るのはごはんを食べてトイレに行くぐらい簡単だと、そのようなところなのです。たしかに日本の海岸に行ってみてください。鉄条網はないし、見張りの軍人はいないのです。日本のこの長い海岸線、この複雑な長い海岸線、そして漁船が数万隻も出入りしているようなところを日本の海上保安庁が全部守れると思っていたら間違いです。
そしてまた私の立場から見て、大変嘆かわしかったのは、数年前まで日本は自分の領海に入って来た北朝鮮の工作船に対して、銃一発も撃たなかったんです。ですから北の工作員は工作船で笑いながら入って来て、時に見つかったとしても、ゆっくりと帰っていけば追っかけて来るだけで撃って来ない、そういうことです。
ですから率直に申し上げて実は、工作員学校の中で大変成績の悪い、その卒業生が恥ずかしいと思いながら配属されるのがチョンジン連絡所、日本担当の連絡所なんです。そこのチョンジン連絡所で、拉致した日本人はキンショウニチが認めた13人なんでしょうか、絶対にそうではありません。少なくとも1987年から93年の5月まで、私がキンショウニチ政治軍事大学に在学していた時に、その中には30人以上の日本人教官がいるということは学生達が全員知っている公然の秘密でした。
しかしその30人以上が拉致された日本人の全部かといったらそうでもないんです。拉致した人間の中で工作員の教師として使えるかどうか、選抜するわけなんです。学歴水準や精神の安定状態、思想状態を見てそして選ばれた人が30人以上だったというわけです。
ですから、キンショウニチが認めた13人そしてその家族全員を取り戻すことが出来たとしても、キンショウニチとの拉致における戦いは終わらないのです。
拉致された日本人がキンショウニチが明らかにした13人なんでしょうか?絶対にそうではありません。
ここにいらっしゃる皆さんはあまり国際的な脅威を感ぜずにずっと暮らしていらっしゃったから、韓半島の北と南の中で起きている色んなことをご存知ないと思います。
韓国は北との対立があるためにすべての海岸に鉄条網が敷かれていて、夜になると軍人が見張りに立つわけです。そして海には船と飛行機で警戒しているわけです。ですから韓国に侵入するのは非常に難しいのです。
ですから今まで数十隻の北朝鮮の工作船が、韓国と交戦状態になって沈没させられたり拿捕されたりして捕まったのです。また数十人の北の工作員が韓国の中で射殺されたり逮捕されたりしました。それだけ韓国侵入は難しいのです。そのような困難な韓国から何人拉致してきたかご存知ですか?4千人という人達を拉致していたんです。そして486人をまだ韓国に戻さないで抑留し続けているのです。
私はキンショウニチ政治軍事大学で工作員教育を受けたんですけども、そこに韓国から拉致された、そして工作員を韓国人に化けさせるための教官が80人以上いました。
しかし日本は、工作員達はこう言っているのです。日本に入るのはごはんを食べてトイレに行くぐらい簡単だと、そのようなところなのです。たしかに日本の海岸に行ってみてください。鉄条網はないし、見張りの軍人はいないのです。日本のこの長い海岸線、この複雑な長い海岸線、そして漁船が数万隻も出入りしているようなところを日本の海上保安庁が全部守れると思っていたら間違いです。
そしてまた私の立場から見て、大変嘆かわしかったのは、数年前まで日本は自分の領海に入って来た北朝鮮の工作船に対して、銃一発も撃たなかったんです。ですから北の工作員は工作船で笑いながら入って来て、時に見つかったとしても、ゆっくりと帰っていけば追っかけて来るだけで撃って来ない、そういうことです。
ですから率直に申し上げて実は、工作員学校の中で大変成績の悪い、その卒業生が恥ずかしいと思いながら配属されるのがチョンジン連絡所、日本担当の連絡所なんです。そこのチョンジン連絡所で、拉致した日本人はキンショウニチが認めた13人なんでしょうか、絶対にそうではありません。少なくとも1987年から93年の5月まで、私がキンショウニチ政治軍事大学に在学していた時に、その中には30人以上の日本人教官がいるということは学生達が全員知っている公然の秘密でした。
しかしその30人以上が拉致された日本人の全部かといったらそうでもないんです。拉致した人間の中で工作員の教師として使えるかどうか、選抜するわけなんです。学歴水準や精神の安定状態、思想状態を見てそして選ばれた人が30人以上だったというわけです。
ですから、キンショウニチが認めた13人そしてその家族全員を取り戻すことが出来たとしても、キンショウニチとの拉致における戦いは終わらないのです。
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.