Re: 沖縄人の見た沖縄戦
投稿者: yume_sarasa1211 投稿日時: 2011/01/19 03:04 投稿番号: [47954 / 52541]
★富村さんのことば
「今度の裁判(集団自決冤罪訴訟――中村)は元部隊長の無実を
明らかにすることで教科書を正しく直すことも私の目的の一つです。
★大江支援者は何度も富村さんのところに押しかけ、
留守中に出版物や名詞などを盗んで行った。
警察に訴えたが、警察は対応してくれなかったので、
かつて野村秋介にもらった木刀で叩いて大怪我をさせた。
★富村さんが世話になった、沖縄にいた朝鮮人一家の子供が米軍の缶詰を
持っていると密告したのは、その子供の先生(沖縄人)だった。
そのため、その朝鮮人一家と、他に23人の町民もスパイ容疑で殺されたが、
そのリストを作ったのは、学校の先生で、女性で初の県会議員になった人
である(沖縄人)。
※その女性の実名も、朝鮮人の名も出ています。
ここでは実名を出しませんが。
★富村さんのことば
島民を殺した日本兵といえば、皆本土出身の日本兵と思うでしょうが、
本土出身の日本兵は沖縄の地形はよく知らず、同じ沖縄人をスパイ容疑で
殺したのは現地で入隊した防衛隊であり、護郷隊です。
沖縄出身の日本兵です。
だから沖縄出身の作家たちは、沖縄戦記を書く場合には、
「沖縄出身の日本兵」とは書かないのです。
ただ「日本兵」と書けば、日本人は「本土出身の日本兵」と考えるでしょう。
このように沖縄人は、自分たちに都合のいい沖縄戦記を書いています。
★ある学校の先生は、山に隠れている日本兵にあてた手紙を、
富村さんたち少年に持たせ、日本兵をおびきだし、米軍に狙い撃ちさせ、
米軍から褒美に食物をもらった。
手紙の内容は、「食べ物はあるから村まで取りにおいで」
★四五十人の村人が大きな壕に非難していたとき、
一番奥の安全なところには学校の先生や村の有志たちがすわり、
子供達やお年よりは弾除けに壕の入り口にすわっていた。
それで犠牲となった子供や老人がたくさんいた。
★戦後の四・五年。すべての食物は米軍からの無償配給。
その食物の分配をしたのが教師や村の偉い人たち。
かれらは一般の人たちの何十倍も横取りして、飢えた人たちは蘇鉄を食べ、
毒のある蘇鉄を食べて死んだ人もいた。
★蘇鉄は、彼岸花と同じ救荒食物ですが、毒があるので
よくよく水にさらしてから食べないと危険なのです。
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これは メッセージ 47953 (yume_sarasa1211 さん)への返信です.
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