分かってないようだね
投稿者: kt19790776 投稿日時: 2007/09/22 13:05 投稿番号: [38531 / 52541]
専守防衛を原則とする憲法9条があっても、自衛権は行使できる――こういう趣旨のことは、すぐ前の書き込みに書いたから省略する、と但し書きしておいたのだが、読めなかったようだね。
すでに読んでいる人には、うっとうしいだろうが、キミのような分からず屋のために、もう一度、憲法9条と自衛権の行使の関係について、書いておこう。
以下は、民主党「憲法提言中間報告」(要約版、2004/06/23)による考え方だが、
>日本は、憲法9条を介して、一国による武力の行使を原則禁止した国連憲章の精神に照らし、徹底した平和主義を宣明している。以上の原則的立場は、日本国憲法又は9条の「平和主義」を国民及び海外に表明するものとして今後も引き継ぐべきである。
憲法の中に、国連の集団安全保障活動を明確に位置づける。国連安保理もしくは国連総会の決議による正統性を有する集団安全保障活動には、これに関与できることを明確にし、地球規模の脅威と国際人権保障のために、日本が責任をもってその役割を果たすことを鮮明にする。
国連憲章上の「制約された自衛権」について明記する。ここに言う、「制約」とは、(a)緊急やむを得ない場合に限り(つまり他の手段をもっては対処し得ない国家的脅威を受けた場合において)、(b)国連の集団安全保障活動が作動するまでの間の活動であり、かつ(c)その活動の展開に際してはこれを国連に報告すること、の3点を基本要件とすることを指す。
「武力の行使」については最大限抑制的であることを宣言し、書き入れる。国連主導の下の集団安全保障行動であっても自衛権の行使であっても、武力の行使は強い抑制的姿勢の下に置かれるべきである。わが国の安全保障活動は、この姿勢を基本として、集団安全保障への参加と、「専守防衛」を明示した自衛権の行使に徹するものとする。
(http://www.dpj.or.jp/news/dpjnews.cgi?indication=dp&num=601 より)
ここで、「(a)緊急やむを得ない場合に限り(つまり他の手段をもっては対処し得ない国家的脅威を受けた場合において)、(b)国連の集団安全保障活動が作動するまでの間の活動」というのがポイントだ。かような条件下では、「制限された自衛権」を行使できる。
だから、かつての「9条論議」で、「敵がミサイルを撃ってきても、座して死を待つだけなのか!」と論難する人がいたが、そんなことではないのだ。「他の手段をもっては対処し得ない国家的脅威を受けた場合」には、先に、敵のミサイル基地を攻撃することはできるのだ。
>日本が同盟国と同格でないのは憲法9条があるからだ
これは、キミの勝手な思い込みだね。「同盟国」というのは、具体的にはアメリカを指していると思うが、国際外交で「核カード」が後ろ盾になっている現状で、日本は「アメリカの核の傘」に入ることによって、外交基盤としている。だから、日本とアメリカは同格とみなされないのだ。
上記したように、憲法9条があっても、国連の下「制限された自衛権」「集団的自衛権」の行使に、何の問題もない。ただ、現行憲法では、そのあたりがあいまいだから、このようなことを、憲法に明記するという「憲法改正」論議が求められているのだ。(もちろん、9条関係以外に、戦後60数年において獲得されてきた、新しい知見も論議されるのは当然だが)。
このように、アメリカからも相対的に自立するには、「アメリカの核の傘」からの離脱も覚悟しなければならない。そのとき、核ミサイルを日本に向けている中国や「核を保有した」といわれる北朝鮮などに囲まれている日本も、「制限された自衛権」の一環として「核抑止力」を持つという、国民的合意を形成していく必要も出てくるだろう。それは「憲法改正論議」の一環だ。
「唯一の超大国」として他国を「戦争」に巻き込むことをいとわないアメリカに依存するよりは、そんなアメリカから自立して、平和共存の道を追及するほうが、ずっとましだ。
すでに読んでいる人には、うっとうしいだろうが、キミのような分からず屋のために、もう一度、憲法9条と自衛権の行使の関係について、書いておこう。
以下は、民主党「憲法提言中間報告」(要約版、2004/06/23)による考え方だが、
>日本は、憲法9条を介して、一国による武力の行使を原則禁止した国連憲章の精神に照らし、徹底した平和主義を宣明している。以上の原則的立場は、日本国憲法又は9条の「平和主義」を国民及び海外に表明するものとして今後も引き継ぐべきである。
憲法の中に、国連の集団安全保障活動を明確に位置づける。国連安保理もしくは国連総会の決議による正統性を有する集団安全保障活動には、これに関与できることを明確にし、地球規模の脅威と国際人権保障のために、日本が責任をもってその役割を果たすことを鮮明にする。
国連憲章上の「制約された自衛権」について明記する。ここに言う、「制約」とは、(a)緊急やむを得ない場合に限り(つまり他の手段をもっては対処し得ない国家的脅威を受けた場合において)、(b)国連の集団安全保障活動が作動するまでの間の活動であり、かつ(c)その活動の展開に際してはこれを国連に報告すること、の3点を基本要件とすることを指す。
「武力の行使」については最大限抑制的であることを宣言し、書き入れる。国連主導の下の集団安全保障行動であっても自衛権の行使であっても、武力の行使は強い抑制的姿勢の下に置かれるべきである。わが国の安全保障活動は、この姿勢を基本として、集団安全保障への参加と、「専守防衛」を明示した自衛権の行使に徹するものとする。
(http://www.dpj.or.jp/news/dpjnews.cgi?indication=dp&num=601 より)
ここで、「(a)緊急やむを得ない場合に限り(つまり他の手段をもっては対処し得ない国家的脅威を受けた場合において)、(b)国連の集団安全保障活動が作動するまでの間の活動」というのがポイントだ。かような条件下では、「制限された自衛権」を行使できる。
だから、かつての「9条論議」で、「敵がミサイルを撃ってきても、座して死を待つだけなのか!」と論難する人がいたが、そんなことではないのだ。「他の手段をもっては対処し得ない国家的脅威を受けた場合」には、先に、敵のミサイル基地を攻撃することはできるのだ。
>日本が同盟国と同格でないのは憲法9条があるからだ
これは、キミの勝手な思い込みだね。「同盟国」というのは、具体的にはアメリカを指していると思うが、国際外交で「核カード」が後ろ盾になっている現状で、日本は「アメリカの核の傘」に入ることによって、外交基盤としている。だから、日本とアメリカは同格とみなされないのだ。
上記したように、憲法9条があっても、国連の下「制限された自衛権」「集団的自衛権」の行使に、何の問題もない。ただ、現行憲法では、そのあたりがあいまいだから、このようなことを、憲法に明記するという「憲法改正」論議が求められているのだ。(もちろん、9条関係以外に、戦後60数年において獲得されてきた、新しい知見も論議されるのは当然だが)。
このように、アメリカからも相対的に自立するには、「アメリカの核の傘」からの離脱も覚悟しなければならない。そのとき、核ミサイルを日本に向けている中国や「核を保有した」といわれる北朝鮮などに囲まれている日本も、「制限された自衛権」の一環として「核抑止力」を持つという、国民的合意を形成していく必要も出てくるだろう。それは「憲法改正論議」の一環だ。
「唯一の超大国」として他国を「戦争」に巻き込むことをいとわないアメリカに依存するよりは、そんなアメリカから自立して、平和共存の道を追及するほうが、ずっとましだ。
これは メッセージ 38530 (odoru_keijiban2 さん)への返信です.