かつての朝日はまともだった。温故知新
投稿者: ahoahosaitoujou89 投稿日時: 2004/04/04 14:35 投稿番号: [3573 / 52541]
日の丸反対の急先鋒の朝日新聞だが、かつては今と正反対の論陣を張っていた。これには右翼・左翼ともにビックリ!
朝日はいつのまにか、国旗を辱めるようになった。
「朝日新聞
天声人語」
昭和24年1月3日
(敗戦後GHQ指令により日の丸の掲揚は禁止・制限されていた。昭和24年1月1日のマッカーサー年頭メッセージは、日の丸の自由使用を許可するというものであった。)
マックアーサー元帥の年頭の言葉には、春風と秋霜とを同時に感じせしめるものがある。いささか過賞の感じがせぬでもないが、ほめられながら激励されるのは決して惡い氣持のするものではない。
日本人に関する日本人の評論は、とかく(厳?)しすぎる傾きがないでもない。それは、内側からの自己反省でもあるのだから、当然のことではある。しかし少々薬がききすぎて、日本人がとかく悲観的になりすぎるきらいもないではない。どうせダメなんだという劣等感をいだくようになっては、日本の再建は覚束ない。日本人のいい所を見つけて温かい愛情の感ぜられる評論が、今の日本にはもっともっと必要なのではなかろうか。
お正月のお年玉として、國旗の掲揚が無制限に自由になったことは、やはり楽しいことである。 正月の町や村に門松が立ち晴着姿の羽根つき風景があっても、門毎に日の丸の旗のひるがえっていないのは、画龍点睛を欠くの観があった。
この数年間は、國旗のない日本であった。 國旗を掲げるのにその都度一々許可を得るのでは氣のすすまないのは偽りのない國民感情である。講和條約の締結までは、自由に國旗を立てられる日は來ないものと実はあきらめていた。
しかし今、日本経済自立への旗印として、マ元帥は日の丸の旗を完全にわれわれの手に返還してくれたのだ。 忘れられていたこの旗の下に、われらは耐乏の首途をし、再建と自立への出発をするのである。
さて國旗は自由を得たが、國民の手に國旗はない。戰災で國旗を失った家々は、立てようにも國旗がなく、この喜びを分つこともできないのだ。
マ元帥は國旗の自由をはなむけした。政府は國旗の現物を配給すべきである。
朝日新聞がここまで書くくらいだから、日の丸に嫌悪感を覚える人は、当時誰もいなかったということだろう。「日の丸の赤は、戦争で殺されたアジア人民の血の色である」、と言って反対している人たちは、何者かに洗脳されているのだろうか。
それにしても、国旗国歌反対の書籍には、この感動的な話はでてきませんねぇ〜
(笑
これは メッセージ 3568 (zak_k_196o さん)への返信です.
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