当たり前の話だが竹島は日本の領土②
投稿者: gokigoki_nipponjin_kiero_3 投稿日時: 2006/02/16 19:19 投稿番号: [25949 / 52541]
日本側の所見は『竹島渡海由来記抜書控』に基づいている。1618年、伯耆国(現在の鳥取県)米子の大谷九右衛門が、江戸幕府より「竹島」を拝領。毎年、鮑やアシカなどの漁猟、檀木・桐等の木竹伐採などを営んだ旨の記載がある。
さて、ここで前述の「からくり」について説明しよう。実は、大谷氏が幕府より拝領したと言う「竹島」は、現在「鬱陵島」と呼んでいる島なのである。当時、日本側では「鬱陵島」の事を「竹島」あるいは「磯竹島」と呼んでいた。現在、日韓が領有権を争っている「竹島」は、元来「松島」と呼ばれていた。
●竹島(独島)
【日本側の旧島名→松島】
【韓国側の旧島名→なし】
●鬱陵島
【日本側の旧島名→竹島・磯竹島】
【韓国側の旧島名→鬱陵島 竹島・磯竹島 于山(武陵・羽陵・蔚陵)・三峰】
前述の韓国側の主張は、「竹島」は「鬱陵島」の事を指していて、韓国に領有権があるというものだった。つまり、当時の日本が、「鬱陵島」を「竹島」と呼んでいた歴史的事実から正しいと裏付けているわけだ。
しかし、そうだとすれば、幕府が「竹島=鬱陵島」の経営を大谷氏に委ねた歴史的事実はどうなるのか。「鬱陵島」が当時、幕府治下の日本に「支配」されていたとも解釈でき、鬱陵島の領有権を日本が主張することも可能になる。
また、別の視点からも考察してみよう。「松島」は、現在「竹島」と呼ばれている。当時の「竹島」と同様、明暦1656〜1657年ごろに、大谷氏が幕府より拝領した。「竹島」への渡海往来の中継地として利用されていた。その後の1696年、幕府が「竹島渡海禁制」(竹島への渡海・出漁の禁止)を布き、「竹島」の「領有権」を事実上放棄した。
しかし、「松島」(現在の「竹島」)については、『長生竹島記』(1801年)に、「これぞ聞伝(ききつた)ふ松島哉(かな)と遠見す本朝西海のはて也」
と記されていることからも分かるように、依然として「日本領」であると認識されていた。
つまり、韓国が領有権を主張する「竹島」は現在の「鬱陵島」の事であり、その観点からすれば、韓国の主張は全くもって正しいものであるが、日本側が領有権を主張する「竹島」(かつて「松島」と呼ばれていた島)については、現在に至るまで、領有権は日本にあると言える。
韓国の「領有権」主張は、島名変更の「からくり」を逆手に取った不当なものなのだ。では、なぜ「松島」から「竹島」へと島名が変わってしまったのか。
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これは メッセージ 25948 (gokigoki_nipponjin_kiero_3 さん)への返信です.
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