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『子猫をお願い』

投稿者: anthoniy_williams 投稿日時: 2009/03/22 11:57 投稿番号: [687 / 768]
「人間は自由の刑に処せられている」と語ったのはサルトルであるが、この映画のテーマは「自由という不自由」である。

人間は自由に行動を選び、どのような人間になるのかも自由に与えられている。だがその自由がじつは人間をしばりつけている。こう生きるべきだという指針をいっさい与えられず、善や悪の判断も自身でしなければならない。自由であること以外のあり方ができない人間は自由の刑に処せられてつづけているようなものだ‥という話なのだがわかりずらい。

つまりサルトルが言いたいことは、
人間が生きていく上での選択肢は多い、今「派遣切り」に遭っている人であっても、来年は上場企業の社長になることも自由であるのだが、現実を見れば、派遣社員はいつまでたっても派遣社員であるという冷厳たる事実がある。   そういう自由ゆえの不自由さというパラドクスをかかえて人間は生きているということなのだろう。

そしてそんな自由で不自由な存在の「子猫」をシンボルとしてストーリは展開する。

さて映画では、女子高生の仲良し5人組が高校を卒業し社会に出てそれぞれの道を歩んでいくことを描いていく。 18,19歳の若さである、夢や希望もあるだろう。やりたい仕事をし理想の生き方をする。それを自己実現ともいう。
しかし上昇志向だけはあっても、高卒の彼女たちには現実の壁が立ちはだかる。   会社での雑用に追われるだけの毎日に苦しんだり、経済的困窮、家族との葛藤など、5人はそれぞれの事情をかかえ、やがて仲間同士の気持ちも離れていく。

そういった事情のため「子猫」は5人の間をめぐることになる。
自由で不自由な彼女たちのシンボルとして子猫が彼女たちをめぐるという皮肉というとても重いテーマなのだが、映画の娯楽としての側面を抑えて、ただ純粋に韓国社会の一面として切り取った彼女たちの生き方に共感できるものがあったことも確かで、ラストシーン、主人公と友人の二人が海外へ旅立つシーンは重苦しい現実に一筋の光明をみいだす清涼感があった。


評価   3
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