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朝鮮通信使26

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/09/19 08:27 投稿番号: [358 / 402]
七月二十三日   晴
「夜明けに順風の報せを受け、直ちに先行の使者が旅立った。
上々官三人が対馬守の屋敷を訪れ最後の別れのあいさつをする。」

七月二十四日   晴   南風のち西風また北風
「早朝に乗船した。しばらくは順風にのって進んだが、風向きが変わり少しも前進できず、少し戻って芦浦港にはいる。早朝に出発していたら西泊浦まで行けたのにと残念がっているが、西泊浦は対馬島の東南端であり、現在地の芦浦は府中との中間に位置する。少しでも故国に近づきたかったのだろう、船中泊となった。」引用本
緊急避難で入った港では上陸しても一行を世話する設備がない。波枕で長い船中泊となる。予定では府中―西泊浦―釜山と、帰国まで一泊二日の行程であったが、玄界灘の魔女は底意地が悪い。

七月二十五日   晴夜雨
「天気は良いが、遅くなって風が強まり雨も降って出港できず、船を港内の奥に入れて繋船した。昨日は西泊浦まで進めなかったことを悔やんでいたが、いま考えると、西泊浦から今日釜山に向け出港していたら外洋でこの悪天候に遭い、どうなっていたかわからない。芦浦に引き返して幸いだったと述懐し、先行させた使者の事を心配している。」引用本

七月二十六日   晴
「一日中東風が吹き、対馬の漁夫がこの風が吹き出すと一カ月は止まないという。江戸からずっと順調に来て、特に陸路は一日も停滞することもなく十六日で大阪まで行き、海路も十二日で対馬島の府中に着き、神の御加護があったのだと対馬の人はいう。往路は三カ月以上かかっていることからみると、快適の旅であった。」「   」内は引用本

七月二七日   晴
「風が少し収まったので、ばらばらに停泊していた船を正使船の近くに寄せた。下々の者が上陸し、岸近くに幕をはって昼間の休息所を拵えた。厨房も岸近くに移し、海中に潜って海鼠や鮑をとってたべた。」

七月二十八日   晴
「みな上陸して島を散策した。桃がたわわに実っており、もぎ取って食べたり、樵に逢って斧・鎌を故国のものと比べたりして憂さを晴らした。岸辺では副使・従事官・書記などが集まって詩の唱酬したり、漁網で小魚をとって刺身にして食べたり、また別の一団は小舟に楽器を積んであたりを漕ぎ廻ったりして一時を楽しんだ。
晴れてはいるが、順風が吹かずなかなか出港できない。」

(略)八月八日   晴
「今日は船が出せるかと信使らは望みを抱いていたが、護行の日本人が、八月の初申と初酉の二日は経験上海が大荒れとなるので、明日と明後日は出船できないという。(地元の人の言う通り)午後から港外は大変な荒れ模様となる。」

(略)八月十一日   晴   東南風夕方西風
結局この日まで十六日間、かれらは芦浦港内の船中で暮らすことになった。
大声で叫べば届くような距離まできて、総勢数百人、全く無為に日を重ねることになった。都市伝説かもしれないが、刑務所からの脱走者は出所が近付いた受刑者に多いという。渇するものが手に入る距離に近づいたとき、それが現実感となって辛抱できなくなるという心理分析だが、信使一行の焦燥イライラは察して余りあるものがある。
しかし日本では『待てば海路の日和かな』という人生訓がある。彼らにも当てはまらないわけがない。
「やっと東風が収まり、陽が昇ってから六船が一斉に出港した。だが風が弱く帆走できず曳き船で引っ張って進んだ。数十日も東風が吹いた後なので波濤も荒々しい。巳の刻(午前一〇時)に初めて帆をかけて進み、夜がふけるころ(対馬島東北端の)西泊浦に入港し、そのまま船中で泊まった。」

8月12日   晴   北風後東北風
「風向きが変わりいよいよ出港となる。対馬海峡を横切ればそこは朝鮮半島だ。対馬の護衛船が太鼓を叩くと、諸船が次々と港外に出る。岩礁をさけるための航路のとり方で少しもめたが、現在地の西泊浦から真っすぐの航路をとり、岩礁の間を抜けて帆走する。潮合いも風もよく船足は快調である。
そして対馬の島影が遠退き、朝鮮の山々が見えてきた。鯨2頭が巨体を揺るがし潮を吹いて通りすぎる。
釜山から5Kmあたりで朝鮮の曳き船4−5艘が出迎えた。日暮れ時になるとさらに曳き船10艘が合流した。ここで彼らから、七月二十三日先行した軍官たちの船が二十五日大海で風雨に遭い、沈没寸前のところを切り抜け、二十八日釜山に着いたと聞き安堵した。
太鼓を叩き、笛を吹いて港内に入っていくと、沿岸の村では火を掲げ、波止場に入ると信使の親族の歓声が沸き上がり、懐かしさでいっぱいになる。
着岸し、みな無事の帰国を祝し、釜山館に入ったのは夜も更けた三更(午前〇時)であった。」

おつかれさまですた。
つづく。
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