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朝鮮通信使 24

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/09/05 19:10 投稿番号: [352 / 402]
七月三日   晴一時雨
「明日出発が決まり、信使船は水深の深い場所に移され待機した。」
七月四日   晴
「河船で河口の本船まで行くのだが、船着き場あたりは見物人の熱気でむんむんしている。みな見物の座所の借り料を払っているが、この料金は江戸が一番高く、京、大阪の順で安くなるという」奉使録
「船上から大阪の景色に名残を惜しみ、人々に別れを告げながら川を下った。やがて河口に出て本船に移乗しようとしたが、風波が激しく船は翻弄され、移乗をあきらめて川船泊となった」引用本

七月五日   曇り一時雨
風が止まず今日も本船に乗り移ることもできない。しかし凪いできたので明日には出発できると対馬守から連絡が入る。でも帰りを急ぐ半島人は素直には考えない。「連日逆風で出船できないといって出発をおくらせたが、大阪で自分たちの貿易の商売が忙しいのが本当の原因で、やっと仕事が終わったので出発する気になったのだろう」奉使録
と、また勘繰っているが、そのため滞船したのかどうかは分からない。しかし対馬藩が帰り船に朝鮮に売る交易品をしこたま買い込んでいったことは想像に難くない。
彼らはこの日一日も川船で過ごすことになったので退屈だったのだろうか。川岸に「海運」について高札が掲げられていたので、それを翻訳して奉使録に残している。興味深いので逆翻訳されたものを以下に載せてみる。

一、 本国の船および他国の船が往来するときに、もし強風に逢い沈没して壊れることがあれば格別に救済し、傍らにあって救けざる者は軽重に随って論罪する。もし人命を救助し、積載した品物を一つ一つ探し出した者には、その品物の十分の一を賞として与え、そのほか水に泳いで沈没した品物を取り出した者には十分の二を賞として与え、これよりもさらに大きな功がある者には職を与える。もしひそかに船の物貨および沈没した品物を略奪する者は殺人の罪と同様に処罰する。

一、 どこから来たかわからぬ船が来て停泊して順風があるのに動かぬ場合は、船を見張る者たちが調査して告げること。

一、 公儀御船が往来するときには泛視することなく、遠路で格別に護衛して敗傷することなからしめよ。

(このほか2項、海運と関係のないことが掲載されているが略す)

七月六日   晴一時雨
「対馬守が今日遅くには必ず風雨があるので出発できぬと告げ、今停泊している場所は海門の先頭で危険であるから、港の中に船を引き入れるようにと言い含めた。信使らは明日夜明けに必ず出発するのなら、わざわざ船を引き入れることはないときかなかった。明日は七夕である。」引用本

七月七日   晴   風向き一定せず
陽が高く上がってから対馬守船の太鼓の合図で出発し、河口に出て本船に移乗した。信使一行はわが家に帰ったように喜んで騒いでいる。辰の刻(午前八時)、三日遅れではあったが帆を上げて出帆である。
陽が落ちてくると逆風になり、櫓を漕ぐ者も必死に漕いだ。正使の船が遅れ停泊地の兵庫に着いたのは一二時間後の午後八時だった。   摂津兵庫泊

七月八日   晴   風向き一定せず
「信使らは夜明けに乗船したが、荒れを心配した対馬守船が出発の太鼓を打ったのは陽が昇ってからであった。順風ではなかったが、帆を張ったままで夕方室津港に入った。」   摂津室津泊

七月九日   晴   風向き一定せず
「潮が満ちるのを待って出帆した。未の刻(午後二時)牛窓に着くが、三使から風も北東風で順風だし陽もまだ高いので先に進みたいと申し出があり、即座に出帆することになった。途中潮の具合や風向きを見ながら夜通し前進した。」   船中泊

七月十日   晴   東南風
夜をかけて走り、日の出のころ備前日比村に繋船。さらに下津井を経て申ノ刻(午後四時)ごろ、鞆の浦に到着。上陸して、往路に寄らなかった福禅寺を訪ねる。
『前の使臣らは洞庭湖の岳陽楼に比べているが、過ぎたる言ではない。雲が通りすぎ月が上がると甚だ広い蒼浪が絹を広げたようで、千百隻の帆掛け舟が岸の下に停泊し点々と灯火を掲げて下界の星のようで、飄々として神仙となって天に上る心地がする』奉使録
と、またもや感嘆している。
備中鞆   船中泊

いちいち書き加えないが、信使らが上陸したらその宿舎へ、船中泊の時は船まで漕ぎ寄せて、各地の世話役が食物や土産物を届けている。

七月十一日   晴   東風のち西風
卯ノ上刻(午前五時)鞆を出船。昼ごろより潮の様子がおかしくなり、繋船する。しかし黒雲が天を覆い日差しも暗く、稲妻が光り強風が吹いた。対馬守はあえて、この場所は留め置くに悪し、と出帆、船を動かし夜通し進んで、夜が明けるころに蒲刈沖に着いた。   蒲刈沖船中泊

つづく
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