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朝鮮通信使 23

投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/08/31 21:10 投稿番号: [351 / 402]
訂正   前投稿で6月17日の泊まりを駿河藤枝としたが当日は『駿河江尻』泊でした。

6月18日   続き
「駿河の人は他州に比べ俊秀で忠厚で、信使に対する態度も恭遜であると言っている」引用本
往路と帰路に通りすがっただけなのに、駿河衆が「他州に比べ俊秀で忠厚」だなんてわかるはずがない。要は『信使に対する態度・・』、つまり他州より『下手』に接したということか。

面白い文章がある。「備中守が呈上した食料品の中に林檎があり、初めて賞味した」
エデンの園に生っていたのだから林檎はかなり古い食べ物だと漠然と思っていた。事実八千年前の炭化したリンゴがトルコで発見されているそうだ。日本には鎌倉中期にシナから伝わったとあるが、なんでもかんでも半島から日本に『伝へてあげた』はずの朝鮮人が『初めて賞味した』とは、なんか通りが悪いような気がする。ま、小さなことだが。   駿河藤枝泊

六月十九日   晴れおそく曇
「日の出前に出発した。大井川に至り輦台で渡った。往路は雨で川止めになり三日も滞在を余儀なくされたが、帰路は順調でみな大いに喜びあった」オレも一緒に喜びたい気分だ。   遠江掛川泊

六月二十日   晴   遠江浜松泊   二十一日   三河吉田泊

六月二十二日   晴
「夜明けに提灯を灯して出発した。連日の暑さのなか、少しでも涼しいうちにとの思いと、帰心がはやるのだろうか、みな元気である。しかし、対馬守は早起きができず、信使たちにもう少し出発時刻を遅らせてほしいと頼んだ。往路は常に先行していた対馬守も、江戸での大任を果たし疲れが出たらしい。信使側は前回の使行日記を参考に「或先或後」と答えた。必ずしも対馬守の行列とともに行かなくても、先になったり後になったりしてもよいのではないかとの意にとれる。道中の信使の行列はかなりばらばらで、大きな町に入る時だけ行列を組んだようだ。」   先を急ぐ彼らの気持ちが伝わってくる。   三河岡崎泊

二十三日   晴
「早暁に出発した。岡崎城を通ったが、その城の楼台と城濠の宏麗さは比べるものもなく、樹木は日傘や幔幕のように刈り込んで普通の形ものが一つもないと感心している」引用本

さて、屋敷内の樹木を刈り込むという趣味がいつからどこから始まったものか調べようもない。このようなものは自然発生的だと考えるしかないが、少なくとも日本には平安末期に唐から『盆景』が到来している。盆栽の源とされているが、樹木を思うように刈り込み楽しむ風習は、日本においては千年来であると言っていいだろう。しかし朝鮮ではそのような趣向がないことが上記の文章からうかがえる。なのに、

「2009年6月17日、韓国の中央日報は、盆栽の起源は韓国であるとの記事を掲載した。」
こんなことを言い募る。   だが、
「しかし記事中に紹介された「四季盆景図   四幅屏風」に描かれた刺繍絵は、14世紀の盆景の絵であった。盆景は中国の唐時代を起源とする文化であり、中央日報の、盆栽の起源は韓国の盆景である旨の主張は的外れなことは明らかである。」ウィキ
と、一発喝破されている(笑)   この夜尾張名古屋泊

六月二十四日   晴   美濃大垣泊   二十五日   晴   近江彦根泊   二十六日   晴   近江森山泊
二十七日   晴午後俄雨   山城京都泊
そして六月二八日、行列の本陣が京都淀浦に着いた。ここから川船で大阪湾に出る。
「陸路が終わりいよいよ船旅の始まりである。船着き場には、川御座船や、すでに多くの荷物を積んだ荷船も待っていた。三使らは極暑のなか、江戸から長途の旅をともにしていた駕籠を下り、川御座船に乗り移った。水面を渡る風にほっとしてくつろぐが、前途の船旅の危険を思うと気分が重くなると、曹命采はいっている。」
「正午に出発した。淀川は増水しており、船足は速い。両岸の見物人は往路よりやや減ったが、それでもかなりの人々が群がっていた。」
船は枚方に着いた。ここで彼らの持ち船に乗り換える。   摂津大坂泊

六月二九日   晴
陸路だけ言うと、往路に比べて三日早く淀に着いた。出発に万全を期さなければならないし、途中の寄港地の準備もある、幕府は数日後の出発を信使に告げる。
七月一日   晴
「帰心にはやる信使一行は、一日も早く大阪を出発することを対馬守に申し出たが、当地での滞在日数が決まっており、遠路での下向の品も定められた時期があるので、勝手に出発できないとの返事であった。」引用本
七月二日   曇りのち晴
「対馬守から、四日に出発が決まったと信使に知らせがあった。」
七月三日   晴一時雨   以上摂津大坂泊

つづく
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