変見自在 チベットを売る
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2009/01/24 12:23 投稿番号: [256 / 402]
「二千年前のコロッセオがローマに鎮座する。
古きよきものを大事にしてきたとイタリア人は胸を張り、日本人はそれを見習わなくては、なんてその昔によく言われた。
でもコロッセオもカラカラ帝の大浴場も本当はもっとちゃんとした形で残っていた。それを例えばフランス王がランス寺院を建てるときには大理石の壁を売り払っている。
よさそうなものは取り尽し、今残っているものはその滓でしかない。つまりイタリア人は自分たちで言うほど立派ではなかった。
性根も同じ。先の大戦で負けが見えたら、あれほど支持してきたムッソリーニを逆さに吊るして連合軍に寝返った。
日本が降伏したときはちゃっかり連合軍側に名を連ねて、日本から戦勝国面して賠償金百二十万ドルを取っていった。
昨日まで枢軸同盟国だったのに。百歩譲って連合軍に与したとして、日本と戦ったわけでもなし。
いったい何を根拠に賠償請求したのか。京産大教授のロマーノ・ベルビッタ氏に聞いたことがある。
彼はその根拠について明言を避けたが、ただ「ムッソリーニを倒して連合軍とともに日独に対して祖国解放戦争を戦った」という形にはなっているという。
戦ったかどうかは問題でないのだと。
では実際に解放戦争を戦ったドイツからはいくら賠償を取ったのか。
答えは『一銭も取ってはいない』だった。
日本からは取ったのに、その対応の差はなにか。
イタリア人は言葉を濁すが、平たく言えばイタリアとドイツはお隣同士。付き合いは長く、おまけにドイツはやたら強い。
イタリアがちょっと有利だからと、いい気になれば酷いしっぺ返しを喰うことは歴史が教えている。
一方の非白人国・日本は何をしようと仕返しはできない。だから取れるだけ取った、というところだろう。
ここで独伊はお隣と書いたが、正確には間にスイスを挟む。
永世中立国で、戦前から超然とした存在。映画『サウンド・オブ・ミュージック』ではジュリー・アンドリュースとトラップ一家がナチの魔手を逃れて落ち行く先がここになる。
実はムッソリーニが倒されたとき、ラケーネ夫人と子どもたちも同じようにスイス国境を目指した。
しかし現実のスイスは映画とは違った。ラケーネ夫人らは入国を拒否され、彼女らは狂気のパルチザンの手に落ちてしまう。
「スイスは人道を選ばない。スイスは常に勝利者の味方を選ぶ」と、これはイタリア人の評価だ。
スイスも見かけと違ってイタリア以上にえげつない生き方をしている。
実際、対日賠償交渉ではイタリアの後ろに並んで戦勝国並みのたいそうな「賠償金」を取り立てている。
スイスの銀行は『国際紛争に晒されない』という売りに加え『顧客情報は絶対に漏れない』スイス銀行法もあって、先の対戦ではナチから逃れるユダヤ人が資産を集中的に預けた。
しかし、その多くはホロコーストの犠牲になる。
戦後、身内が、預けた資産を調べようとするが、ここにスイス銀行法が逆に立ちはだかった。
分かり易く言えばユダヤ人資産の多くはネコババされ放題だった。
さすがにこれは国際非難を呼び、九十年代、米政府の介入でスイスもやっとユダヤ人資産の調査と返還に応じるようになった。
これはごく例外で、金正日の隠し口座だろう犯罪組織の汚い金だろうと、各国政府からの開示要求には一切応えていない。
ただスイスが儲かるときはこの限りではない。ヤミ金融の五菱会が五十八億円の上がりをスイスの銀行に預けていることを知るとスイスは『資金洗浄』と決めつけ全額没収した。
日本側がそれは阿漕すぎると交渉して返してもらったのはやっと半分。スイスはヤミ金の上を行く。
それでもスイスやイタリアはまだ可愛い方で、英国はシナが有り余ったドルで経済危機を救ってくれる条件で「シナのチベット領有」を公式に認めた。
紳士の国でも貧すれば堂々と鈍して、かつ恥じないところが凄い。』
変見自在 チベットを売る 高山正之 週刊新潮09 1・22号
ウンチにたかる銀バエのごとき各国の所業には、この中で生きていかねばならいという、ある種の諦観を持ってこやつ等と接する心構えが必要だ。
古きよきものを大事にしてきたとイタリア人は胸を張り、日本人はそれを見習わなくては、なんてその昔によく言われた。
でもコロッセオもカラカラ帝の大浴場も本当はもっとちゃんとした形で残っていた。それを例えばフランス王がランス寺院を建てるときには大理石の壁を売り払っている。
よさそうなものは取り尽し、今残っているものはその滓でしかない。つまりイタリア人は自分たちで言うほど立派ではなかった。
性根も同じ。先の大戦で負けが見えたら、あれほど支持してきたムッソリーニを逆さに吊るして連合軍に寝返った。
日本が降伏したときはちゃっかり連合軍側に名を連ねて、日本から戦勝国面して賠償金百二十万ドルを取っていった。
昨日まで枢軸同盟国だったのに。百歩譲って連合軍に与したとして、日本と戦ったわけでもなし。
いったい何を根拠に賠償請求したのか。京産大教授のロマーノ・ベルビッタ氏に聞いたことがある。
彼はその根拠について明言を避けたが、ただ「ムッソリーニを倒して連合軍とともに日独に対して祖国解放戦争を戦った」という形にはなっているという。
戦ったかどうかは問題でないのだと。
では実際に解放戦争を戦ったドイツからはいくら賠償を取ったのか。
答えは『一銭も取ってはいない』だった。
日本からは取ったのに、その対応の差はなにか。
イタリア人は言葉を濁すが、平たく言えばイタリアとドイツはお隣同士。付き合いは長く、おまけにドイツはやたら強い。
イタリアがちょっと有利だからと、いい気になれば酷いしっぺ返しを喰うことは歴史が教えている。
一方の非白人国・日本は何をしようと仕返しはできない。だから取れるだけ取った、というところだろう。
ここで独伊はお隣と書いたが、正確には間にスイスを挟む。
永世中立国で、戦前から超然とした存在。映画『サウンド・オブ・ミュージック』ではジュリー・アンドリュースとトラップ一家がナチの魔手を逃れて落ち行く先がここになる。
実はムッソリーニが倒されたとき、ラケーネ夫人と子どもたちも同じようにスイス国境を目指した。
しかし現実のスイスは映画とは違った。ラケーネ夫人らは入国を拒否され、彼女らは狂気のパルチザンの手に落ちてしまう。
「スイスは人道を選ばない。スイスは常に勝利者の味方を選ぶ」と、これはイタリア人の評価だ。
スイスも見かけと違ってイタリア以上にえげつない生き方をしている。
実際、対日賠償交渉ではイタリアの後ろに並んで戦勝国並みのたいそうな「賠償金」を取り立てている。
スイスの銀行は『国際紛争に晒されない』という売りに加え『顧客情報は絶対に漏れない』スイス銀行法もあって、先の対戦ではナチから逃れるユダヤ人が資産を集中的に預けた。
しかし、その多くはホロコーストの犠牲になる。
戦後、身内が、預けた資産を調べようとするが、ここにスイス銀行法が逆に立ちはだかった。
分かり易く言えばユダヤ人資産の多くはネコババされ放題だった。
さすがにこれは国際非難を呼び、九十年代、米政府の介入でスイスもやっとユダヤ人資産の調査と返還に応じるようになった。
これはごく例外で、金正日の隠し口座だろう犯罪組織の汚い金だろうと、各国政府からの開示要求には一切応えていない。
ただスイスが儲かるときはこの限りではない。ヤミ金融の五菱会が五十八億円の上がりをスイスの銀行に預けていることを知るとスイスは『資金洗浄』と決めつけ全額没収した。
日本側がそれは阿漕すぎると交渉して返してもらったのはやっと半分。スイスはヤミ金の上を行く。
それでもスイスやイタリアはまだ可愛い方で、英国はシナが有り余ったドルで経済危機を救ってくれる条件で「シナのチベット領有」を公式に認めた。
紳士の国でも貧すれば堂々と鈍して、かつ恥じないところが凄い。』
変見自在 チベットを売る 高山正之 週刊新潮09 1・22号
ウンチにたかる銀バエのごとき各国の所業には、この中で生きていかねばならいという、ある種の諦観を持ってこやつ等と接する心構えが必要だ。
これは メッセージ 1 (hendazo04 さん)への返信です.
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