違います
投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/05/28 19:46 投稿番号: [8928 / 29399]
> 「パル判事は「日本軍の残虐行為」についてはそれほど力を入れて考えていなかった。従って、パル判事が「南京アトローシティ」の存在を認めたからといって、それでもって「南京アトローシティ」の存在が証明されるわけではない」
>
> というように理解してよろしいでしょうか?
私が言いたかったことは要するに#8894に書いた以下のことです。
>
パル博士の意見書を尊重するならば、東京裁判に採用された証拠は一切証拠能力を持たず、東京裁判で下された判決は何の正統性もないとするスタンスに立つべきであり、南京大虐殺が本当にあったと主張するならば、東京裁判以外にその根拠を求めるべきでしょう。
<
パル博士のスタンスを説明する為に、あれだけ長々とした引用を行いました。
>ああそうか、私が、「まさか「パル判決書」も「南京大残虐事件資料集
第1巻
極東国際軍事裁判」も見ないで議論しているんじゃないでしょうね」といったので、これはそれへのお答えですか。
こんな幼稚な理由ではありませんよ。
東京裁判を根拠とするならパル博士の意見書を史料として取り上げるべきではありません。
さもなくば
>
このようにパル博士の問題意識は、根拠法の不在または適用の錯誤、証拠手続きの妥当性欠如あるいは証拠の恣意的解釈に対する批判で一貫しています。博士の意見書を引用する場合、この基本的なスタンスに触れることなく、
「これに関し、本件において提出された証拠にたいしいいうるすべてのことを念頭において、宣伝と誇張をできるかぎり斟酌しても、なお残虐行為は日本軍がその占領したある地域の一般民衆、はたまた、戦時俘虜にたいし犯したものであるという証拠は、圧倒的である」
という部分的発言のみを強調して、日本無罪論を展開したパル博士ですら南京大虐殺については認めている、と見せかけるような議論は、どう好意的に見ても不誠実なものと言わざるを得ません。
トリミングでなければピッキング(つまみ食い)でしょうね。
<
だと言っています。
要するに、史料を扱う場合の誠実性の問題です。
これは メッセージ 8919 (yu77799 さん)への返信です.
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