南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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戦前の毎日新聞の虚報を戦後朝日が・・

投稿者: osakasimin2000 投稿日時: 2005/04/15 10:07 投稿番号: [7612 / 29399]
1971年、当時朝日新聞の花形記者であった本多勝一は「中国の旅」というルポ記事のなかで、

昭和12年当時、南京攻略に至る日本軍の残虐な行為の一つとして「百人切り競争」を取り上げた。

この記事に対し鈴木明氏が「南京大虐殺のまぼろし」という本の中で反論。

鈴木氏はこの著作で「大宅惣一ノンフィクション賞(文芸春秋社)」を受賞。

ほぼ同時期、イザヤ・ベンダサンのペンネームで雑誌「諸君(文芸春秋社)」でも本多勝一の「中国の旅」の記述に反論。

論争は本多勝一×イザヤ・ベンダサンの公開質問状などで紙上論争に発展する。

この一連のやり取りは「日本教について(イザヤ・ベンダサン著・山本七平訳)」として文春から出版。

この辺りから、朝日vs.文春の2大メディアの対立が激化。

本多氏は自らの記事の正当性を証明するために昭和12年当時の新聞記事を公表。

それは、当時の「東京日日新聞(今の毎日新聞の前身)」の特派員記事。

浅海、光本二人の記名記事で書かれた、二人の将校(少尉)による「百人切り」の記事を持ち出して、本多は反論に出る。

これに対し山本七平は、イザヤ・ベンダサンのペンネームを捨てて、
自身の戦争体験を元に「百人切り」が戦意高揚のために書かれた”作り話”である事を主張。

さらに、東京日日新聞の記事にある、「百人切り競争」の当事者の一人である
野田少尉の証言の中の”○官”と書かれた伏字の正体が暴かれる。

この”○官”とは副官のこと。
野田少尉は「大隊副官」であったことが判明した。
(副官とは軍隊組織の中で、作戦指令や命令伝達を行う事務官的役割で、戦闘行為や白兵戦には参加しない職務)

昭和12年に書かれた新聞記事が基で、向井、野田の二人の少尉は
戦後のBC級戦犯容疑で裁判に掛けられ
死刑判決。蒋介石の下、南京で処刑される。

裁判期間中、容疑の基となった記事「百人切り」が創作記事である事を
訴えるために日本に居る家族が
記事を書いた特派員記者=浅海一男氏を探し出して、”無実の証言”を懇願したが
拒否される。

浅海一男氏は、その後毎日新聞社の幹部に昇進。
「親中派」として健筆を振るい、「新中国入門」という本を出して活躍。

のち、1972年の田中角栄内閣による「日中国交回復」の影の立役者となる。

一方、本多勝一は一連の論争に敗れた事を認めず、鈴木明氏や山本七平氏を
”右翼”と名指しして口汚く罵りながら一時期言論界から姿を消すが、
数年前、かつての同士である筑紫哲也などと「週刊金曜日」を立ち上げ
今なお反日左翼活動を続けている。
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