細菌の生産量など・・
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2004/12/06 23:41 投稿番号: [7012 / 29399]
【松村高夫の鑑定書】から・・
★731部隊の第一部の細菌研究にもとづいて、第四部が細菌を製造した。
この部には細菌を培養・製造する柄沢十三夫、【ペスト菌を製造する野口圭一】、炭疽菌を製造する植村肇などが所属していた。
第四部の細菌製造能力は、細菌製造部部長川島清の証言によると
【1ヶ月間にペスト菌300キロ(どら・・これをネズミに感染させ、このネズミにノミを集らせた)、チフス菌800?900キロ、炭疽菌500?700キロ、コレラ菌1トンである。】
細菌製造課課長柄沢十三夫の証言は、
「第四部ノ生産能力ヲ最大限ニ利用シタラ、最良ノ条件下ニ於テ、理論的ニハ」ペスト菌300キロまで製造できるとしており、【実際には10キロ】であったとしている。こうして製造されたペスト菌などが、実際に中国十数都市で散布されたのである。
・・・
和気朗は、戦後、国立予防研究所でペストワクチンの研究に携わった細菌学者として訳書『細菌作戦』に「解説」を書いているが、その中で、「ペスト診断について」、
常徳ペストの陳文貴報告などを例として、「病学的にみても1940?41年に中国浙江省・湖南省常徳において流行した伝染病がペストである、と診断に誤りはなく、
中国側医療関係者の検査方法にも基本的な問題はないといってよいと思われる」(56)と指摘し
、つづいて和気は、
【日本軍の飛行機による細菌戦とペストの流行との因果関係について】次のように言及している。
まず浙江省衢県や寧波、湖南省常徳で流行したペストが
【自然発生したものか、あるいは人為的なものか】という点を考えてみると、
?ペストは本来齧歯類間の伝染病であり、それがノミによって媒介されヒトに感染する。
そのためヒトの間でペストが発生する前には必ず齧歯類間の流行があり、
【その結果ネズミなどが大量に死亡し、それらの死体はペスト流行を告げる前兆となるのである。】
1940年の浙江省衢県や寧波、41年の湖南省常徳においてペストの流行前にそうした【ネズミの大量死は発見されておらず、この点が自然発生とは異なる。】
?発病率も人為的流行とみて不思議ではない。
?ペストの流行は本来一定の方向性をもって波のように移動していくものであるが、本書で報告されている例はどれも散発的で、
【日本軍の奇妙な空襲のあった地域で発生している。 】
以上の3点から、1940?41年にかけて中国華中地域で発生したペストはけっして自然流行によるものではない、と判断してよいだろう。」(??は略す)
そして、和気は、「?筆者は、ペスト・ワクチンの製造を任務として1954年から国立予防衛生研究所に勤務したが、
【戦時中石井部隊(731部隊)や南京の防疫給水部にいて、ペスト菌やノミを扱った数名の人の思い出話を聞いている。】
そのなかには死亡した人も現存する人もいる」と書いている。
以上の理由により、和気は、「1940?41年の中国浙江省・湖南省におけるペスト流行は、【あきらかに日本軍が散布した細菌によって人為的に引き起こされたものと考えられ、】
これを中国側の『政治的宣伝』として退けてしまうことはきわめて非科学的といわなければならない」と結論づけている。
このような、日本軍による細菌散布がペスト流行をもたらしたという因果関係を明確化した和気の立論は、極めて重要なものである
・・・
42年7月14日、中国の駐英顧維鈞はチャーチル主催の太平洋戦争協調会議で「日本軍の毒ガスと細菌戦に関する告発書」を手渡したが、
そこでは金宝善報告書にある衢県、寧波、常徳などへの細菌戦と被害の発生が指摘され、「当地方のネズミに一度この病気が蔓延すると、今後数年間人間にも感染するという問題が継続されるので、
【日本軍のこの非人道的行為は最も厳しく譴責されねばない」と告発している。 】
★731部隊の第一部の細菌研究にもとづいて、第四部が細菌を製造した。
この部には細菌を培養・製造する柄沢十三夫、【ペスト菌を製造する野口圭一】、炭疽菌を製造する植村肇などが所属していた。
第四部の細菌製造能力は、細菌製造部部長川島清の証言によると
【1ヶ月間にペスト菌300キロ(どら・・これをネズミに感染させ、このネズミにノミを集らせた)、チフス菌800?900キロ、炭疽菌500?700キロ、コレラ菌1トンである。】
細菌製造課課長柄沢十三夫の証言は、
「第四部ノ生産能力ヲ最大限ニ利用シタラ、最良ノ条件下ニ於テ、理論的ニハ」ペスト菌300キロまで製造できるとしており、【実際には10キロ】であったとしている。こうして製造されたペスト菌などが、実際に中国十数都市で散布されたのである。
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和気朗は、戦後、国立予防研究所でペストワクチンの研究に携わった細菌学者として訳書『細菌作戦』に「解説」を書いているが、その中で、「ペスト診断について」、
常徳ペストの陳文貴報告などを例として、「病学的にみても1940?41年に中国浙江省・湖南省常徳において流行した伝染病がペストである、と診断に誤りはなく、
中国側医療関係者の検査方法にも基本的な問題はないといってよいと思われる」(56)と指摘し
、つづいて和気は、
【日本軍の飛行機による細菌戦とペストの流行との因果関係について】次のように言及している。
まず浙江省衢県や寧波、湖南省常徳で流行したペストが
【自然発生したものか、あるいは人為的なものか】という点を考えてみると、
?ペストは本来齧歯類間の伝染病であり、それがノミによって媒介されヒトに感染する。
そのためヒトの間でペストが発生する前には必ず齧歯類間の流行があり、
【その結果ネズミなどが大量に死亡し、それらの死体はペスト流行を告げる前兆となるのである。】
1940年の浙江省衢県や寧波、41年の湖南省常徳においてペストの流行前にそうした【ネズミの大量死は発見されておらず、この点が自然発生とは異なる。】
?発病率も人為的流行とみて不思議ではない。
?ペストの流行は本来一定の方向性をもって波のように移動していくものであるが、本書で報告されている例はどれも散発的で、
【日本軍の奇妙な空襲のあった地域で発生している。 】
以上の3点から、1940?41年にかけて中国華中地域で発生したペストはけっして自然流行によるものではない、と判断してよいだろう。」(??は略す)
そして、和気は、「?筆者は、ペスト・ワクチンの製造を任務として1954年から国立予防衛生研究所に勤務したが、
【戦時中石井部隊(731部隊)や南京の防疫給水部にいて、ペスト菌やノミを扱った数名の人の思い出話を聞いている。】
そのなかには死亡した人も現存する人もいる」と書いている。
以上の理由により、和気は、「1940?41年の中国浙江省・湖南省におけるペスト流行は、【あきらかに日本軍が散布した細菌によって人為的に引き起こされたものと考えられ、】
これを中国側の『政治的宣伝』として退けてしまうことはきわめて非科学的といわなければならない」と結論づけている。
このような、日本軍による細菌散布がペスト流行をもたらしたという因果関係を明確化した和気の立論は、極めて重要なものである
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42年7月14日、中国の駐英顧維鈞はチャーチル主催の太平洋戦争協調会議で「日本軍の毒ガスと細菌戦に関する告発書」を手渡したが、
そこでは金宝善報告書にある衢県、寧波、常徳などへの細菌戦と被害の発生が指摘され、「当地方のネズミに一度この病気が蔓延すると、今後数年間人間にも感染するという問題が継続されるので、
【日本軍のこの非人道的行為は最も厳しく譴責されねばない」と告発している。 】
これは メッセージ 1 (yuukouheiwa さん)への返信です.