南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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南京事件に至るまで〜35(防衛軍崩壊2)

投稿者: kinngyoya301 投稿日時: 2004/10/20 21:12 投稿番号: [6620 / 29399]
南京事件に至るまで〜35

下命された撤退命令そのものがもはや実行不可能なモノであった。指令長官の特続部隊と第36師・憲兵部隊が午後6時より下関から汽船で渡江して撤退、

その他の部隊も夜11時を期して各方向で一斉に日本軍の包囲網を正面突破して撤退し、最終的に安巍省の南端に集結するというものだった。

この撤退作戦は前日の夜であれば、まだ決行の可能性もあったがすでに防衛軍の前線が崩壊を始め殆どの部隊が渡江し長江北岸に逃れ様と下関へ潰走を始めていた段階では敵軍正面突破の実行は不可能であった、

さらに唐生智はこの実施不可能な撤退計画を強行するために撤退計画以外の部隊の下関からの渡江を厳禁し、第116師に他部隊が把江門から撤退、退却するのを実力阻止するように命じたのである。

司令長官部が真っ先に撤退するという作戦は南京防衛軍にパニック的な崩壊をもたらし、鉄道部地下室の司令長官部の人員が午前5時以前に撤退行動を開始しているため午後3時以降に各部隊が司令部に無線連絡をしても通じない状態となり、前線部隊に動揺と混乱を与え逃走、潰走に拍車をかけることとなった。

日本の大軍が城内に侵入南から攻めてくるという恐怖の情報が、まだ居住区に残留していた市民を震撼させ、当時、十数万の市民がまだ、自宅に居たといわれる。市民の前を中国軍がパニックをおこして逃げてゆく、中国軍がいなくなり、自分たちが日本軍の襲撃に直接さらされる事となった市民にパニックがはしり、城壁内南部地域の密集地帯に残って居た住民から逃走がはじまった。

多くの残留家族がわずかな食糧と寝具類を背負って退却する部隊の後を追って南京を脱出しようとした。

夕暮れと共に膨大な数の退却・潰走兵と軍隊と一緒に南京を脱出しようとする 避難民の群れが把江門に向かって洪水のように殺到したのである。

南京事件に至るまで〜36
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