南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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併合後

投稿者: giant_aho 投稿日時: 2004/09/23 00:10 投稿番号: [6115 / 29399]
■神の恩寵

  われわれの政府や全政派がわが国民の進歩と開発に、もしも一致して普段の努力を重ねたのであったならば、十年前に設定された独立の基礎(大韓帝国の成立をさす)は保全されたであろう。
  独立の価値に対する認識不足によって、われわれはまさに正反対のところに立っている。
  神の恩寵日本により独立され支援を受けていたことを尊重しなかったばかりに、われわれは国民の教育と強化に捧げられるべき時間と精力を、怠惰な快楽のなかで浪費してしまった。
  われわれは神の贈り物をはねつけた。
  われわれの今日の不幸はわれわれ自身の罪である。

    1907年10月1日付け「大韓毎日申報」



■対日感情にわかに好転

  ところが、昭和十二年七月七日の盧溝橋事件に端を発したシナ事変において日本軍が中国軍を打ち破り、連戦連勝するようになると、朝鮮民衆の対日感情はにわかに好転し始めたのです。二千年前の漢時代から朝鮮を圧迫、支配してきた中国軍をいとも簡単に打ち破る日本軍の強さに朝鮮人は驚き、そして、その驚きが尊敬に、尊敬は熱烈な愛国(日本への協力)へと変わっていったのです。
  目に見える劇的な変化は、出征軍人の歓送迎でした。シナ事変勃発後、七月十二日から多くの兵士が入営出兵を見たのですが、初めのうちはその友人知人が日本人、朝鮮人一緒になってこれを送別するという様子でしたが、北支(満州)へ出動する日本軍の部隊が続々と朝鮮半島を縦断して北上するに及び、見ず知らずの人々も町内、村内または一地方挙げて駅まで出てきてこれを送別するようになったのです。
  誰誘うとはなしに、駅という駅は国旗の波と万歳の声で溢れるようになりました。もともと個人的には親切な人が多い朝鮮民族ですから、駅での心のこもった湯茶接待、慰問品の受け渡しばかりではなく、出征兵士との間に涙と笑いの交歓が続きました。
  特に京城駅(現ソウル駅)には昭和十二年九月中だけでも実に四十三万余人、一日平均一万四千三百人が詰め掛け日本の兵士たちをいたく感動させたといいます。/興味深いことは、朝鮮の民衆ばかりではなく、それまで日本に対して冷ややかだった朝鮮の民族主義者までが手のひらを返したように積極的に愛国運動を始めたことへの日本側の戸惑いが、そのパンフレットの端々ににじみ出ていることです。

    「日韓2000年の真実」名越二荒之助   国際企画
    (日本図書館協会選定図書)
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