>サヨクの嘘、捏造 当方は左翼ではない
投稿者: oityantyan 投稿日時: 2004/08/23 20:59 投稿番号: [5922 / 29399]
>1945年の7月まで、ベトナムを支配していたのはフランスです。
日本軍は援蒋物資の流入監視を目的に進駐していました。(フランス政府の同意を得て)
フランスの支配を無視して、日本軍が軍政を敷き、「強制栽培」などできる訳がありません。
ご冗談でしょう?
それとも、ご存じない?
1940年7月西原一策少将を長とする国境監視団(西原機関)がハノイに潜入、国境監視ポストが開設されている。中国最南端の日本軍を仏印に「平和裡に進駐」させるべく仏印側と交渉に入ったが.9月23日以降日本軍は一方的に進駐を強行した。
外務省に保存されている文書によれば、ドーソンの海岸に上陸した西原琢磨少将は早くも、26日「いくら動物的程度の安南人でも女とみれば、(日本兵が、、)何をしでかすか分からないので慰安所の設置をを急がせた、」と記されている。
ビジー政権(フランス)は部分的な抵抗をしただけで、日本に屈し、日本とビジー政権の共同支配が行われたが、この同盟において日本が盟主的存在であったことは明らかである、その後の南部仏印侵攻を見ればさらに明らかである。
仏印当局は、日本の要求する「援蒋ルート遮断要求」に応じて、雲南ーベトナム間の鉄道レールを切断した(1940年7月13日)
西原機関はフランス側(ビジー政権)立ち会いの元でその状況を視察している。
1940年9月23日仏印国境の日本軍(中村兵団)は越境して、ドンダン方面のフランス軍を攻撃し、ランソンへの進駐を強行している(ランソン事件)
1941年7月
南部仏印に進駐ベトナム南部、カンボジア、ラオスを支配下におく。
その結果、12月米、英、蘭、との開戦に至り、仏印全域にわたって、日本支配が確立されている。
戦争によってより一層の過酷な生活は抗日に向かい、独立解放へと発展させる契機ともなっている。
と言うことですよ!
私は左翼ではありませんで〜す。
もっと、事実を見つめるべきでしょう。
これは メッセージ 5918 (jyoui さん)への返信です.
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