南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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ソ連と日本の比較

投稿者: picsaintloup 投稿日時: 2004/08/10 11:32 投稿番号: [5850 / 29399]
>宣戦布告をし、相手国に自国の真意を伝える事は、日本政府よりははるかに真摯的な行為だと思いますね。

それまでにアメリカと三年半以上戦い、沖縄を占領され、広島に原爆が落とされ、日本の敗戦は必至という時期に、火事場泥棒的な野心を露わにして「日ソ中立条約」を一方的に破棄し、174万の大軍で満州に攻め込んだソ連が、「紳士的」?だとは、初めて聞くご意見ですね。ソ連はその後、日本が「ポツダム宣言」を受諾して敗戦を認めてからも、約一ヶ月間に及び攻撃を続け、満州はおろか南カラフト、千島列島まで占領し、挙句の果てに日本人約57万名(この人数には異説もありますが)を「シベリヤ抑留」し、長期間重労働させ、その結果6万人弱が死亡しましたが、これも「紳士的」な行為ですか?

あなたはソ連の「満州侵攻」を、日本の「真珠湾攻撃」と比較しているようですが、状況からいっても大違いですよ。
日本の「真珠湾攻撃」は、良くも悪くも、国力に劣る側が勝る側に対し、起死回生を狙って仕掛けた奇襲攻撃です。「真珠湾攻撃」に至る過程としては、1941年7月末から8月にかけて、日本に対する「ABCD包囲網」が敷かれ、石油はじめ重要資源の輸入が全てストップされたということがあるわけで、そのままの状況が続けば、いずれ近い将来に日本が崩壊してしまうのは明らかでした。そこで「ABCD包囲網」のリーダー的存在であるアメリカとの「日米交渉」が始まったわけですが、これも最終的には不調に終わり、同年11月26日には、到底日本が呑むことが出来ない内容の最後通牒ともいえる「ハルノート」を突きつけられたのです。事ここに至っては開戦しかないと決断した日本は、日米の国力差から長期戦には耐えられないことが分かっていましたので、奇襲により緒戦に勝利を収め、早めに講和に持っていく以外にないと考え、12月8日に「真珠湾攻撃」に打って出たわけです。「宣戦布告」が数時間遅れたといわれますが、これは態と遅らせたわけではなく、当初の予定では攻撃直前にはアメリカ側に「宣戦布告」文が届く手筈になっていたのに、様々な要因が重なり、不本意な結果になったということに過ぎません。(「日本大使館」員に落ち度があったためとも、アメリカ側が態と受け取らなかったためともいわれています)

蛇足になりますが、「東京裁判」では、検事側は“鬼の首でも取った”かのように、「宣戦布告」なしでの「真珠湾攻撃」を強調し、「そちらから真珠湾攻撃を仕掛けてきたのだから、広島、長崎に原爆が落とされた責任は日本側にある」と、まるで原爆による「戦争犯罪」行為の非戦闘員大量虐殺は、「真珠湾攻撃」によって免罪されるといわんばかりの論陣を張りましたが、これは因果関係上全く無関係とは申しませんが、本来は分けて考えるべきことだろうと思います。
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