南京事件に至るまで〜 1
投稿者: kinngyoya301 投稿日時: 2004/07/30 06:26 投稿番号: [5652 / 29399]
1937年7月
北京郊外の 盧溝橋で日中両軍衝突(全面戦争始まる)
11月停戦協定成立
12月海軍軍司令部「対支作戦計画内案」を作成
28日日本軍、華北で総攻撃を開始
盧溝橋事件
日中戦争のきっかけとなった日本、中国の衝突事件
1935年以来、日本は華北侵略を企図し、関東軍支配下の冀東、内蒙古両政権と緩衝的な冀察政権(宋哲元)を成立せしめたが、1937年7月7日北京郊外の豊台駐屯の日本軍が冀察政権の第29軍の駐屯地の近傍にある、北京西郊永定河の盧溝橋付近で夜間演習を実施、その終了時に数発の射撃音があり、たまたま一名の兵士が不在(実際は用便中)であった為、豊台の主力部隊が出動し、兵士は約20分後に発見されたが翌日未明、日本軍は中国軍を攻撃し、永定河左岸を制圧し、9日停戦協定が成立、11日協定に調印、中国軍の永定河左岸駐屯禁止、責任者の処罰、謝罪などを定め、19日細目協定にも調印。
しかしながら、日本軍、日本政府は事件不拡大方針を掲げながら、11日関東軍および
内地3個師団の派兵を声明、これにより、中国軍民の抗日意識が高まり、蒋介石軍の国民政府も態度を硬化させ、華北派兵を企てた。日本陸軍内部の強硬派はこれを好機と捉え27日派兵を決定し、28日総攻撃を開始し、ここに日中戦争が始まった。すべて日本側の企図したことである。
2へと続く
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