南京防衛軍は五十個師団もありませんよ
投稿者: YellowFlute 投稿日時: 2004/05/22 16:07 投稿番号: [5238 / 29399]
13個師団81,000人説をとれば、戦死者を除くと5〜6万人ですから、
話がおかしくなってしまいます。
宇垣一成
一方、支那戦線では、我が参謀本部が北支那方面軍と中支那派遣軍の合計七個師団を投入し、徐州付近に集結していた李宗仁を最高司令官とする支那軍精鋭五十個師団を南北から包囲殲滅すべく徐州作戦を発動し、五月十九日、我が軍は徐州を占領したが、包囲兵力の不足によって、北支中支両戦線でしばしば経験した如く又しても殲滅の一歩手前で支那軍主力を逃してしまい、国民政府の抗日戦力を破砕することはできなかったのである。
戦争終結への期待を込めて徐州会戦の勝利を祝賀した国民の間では、動揺と失望が広がり始めた為、東京では、徐州陥落から一週間後の二十六日、近衛首相が、国民政府との和平交渉打ち切りに加わった広田外相と杉山陸相に辞職を求め、内閣改造を行い、外相に宇垣一成大将、陸相に板垣征四郎中将を起用してみせた。宇垣大将は外相就任の条件として、
1、閣内一致結束を一層強化す。
2、速に対時局の方針を決定す。
3、対支外交の一元化を期す。
4、蒋介石を対手とせず云々に拘泥せず。
を提示しており、彼の入閣により、近衛内閣は、「蒋介石を対手とせず抹殺する」との対支強硬方針を転換したといえよう。
「小川平吉関係文書1」
これは メッセージ 5236 (yume215 さん)への返信です.
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