マクドゥーガル報告は、とんでも本②
投稿者: RHforever 投稿日時: 2002/10/13 18:44 投稿番号: [416 / 29399]
とんでも本である理由②
慰安所問題の背景にあった、当時の日本の社会通念及び人権意識の遅れに対する、著者の無関心・無知、そしてそれによる独断的な決めつけ。
この報告書は、次のように述べられている。
「慰安所によっては、運営規則を定めて休憩時間や休憩時間に出かけられる場所を限定するなど、慰安婦を管理した。いずれにせよ戦地では、女性たちが常時、軍とともに移動する事を余儀なくされ、自由を奪われ、悲惨さに耐えなければならなかった」(第2章 強かん所の本質と規模)
「慰安婦の処遇は、通常の意味での「奴隷制」と「奴隷売買」に相当し」
つまり慰安婦たちは、自由と自己決定権を奪われたから奴隷にあたるという論法である。
一見至極まともな論理だが、彼女が故意に見落としていることがある。
それは戦前日本における、売春宿、売春婦、売春行為に対する社会通念がどのようなものであったかということである。
彼女は、慰安婦制度を次のように批判する。「これらの女性は『自由を奪われ』『意志に反して徴収された』しかも女性によっては金で買われ(中略)「慰安婦」はみな自己決定権をほとんど奪われた体験があり(後略)」
確かに悲惨な状況である。しかし、日本社会においてこれは特異な状況であっただろうか。いや、そうではない。
実際を述べるなら、上記のような状況は当時の日本の全ての売春宿に当てはまったことなのである。
全ての売春宿において働かされた女性は
「自由を奪われ」「意志に反して徴収され」「金で買われ」「自己決定権」を奪われていた。
つまり慰安婦制度を奴隷制と言うならば、当時の日本で行われていた売春制度そのものが奴隷制なのである。
ところが、まことに遺憾ながら、当時の日本の社会通念にこれを「奴隷制度」と認識する観念は全く無かった。
江戸時代から続く、通常の社会制度と見なされていたのである。
それだけではない、戦後数年間日本は米軍の占領下におかれ、主権は米軍にあったわけだが、その下でもこの売春制度を「奴隷制度」とみなす社会観念はその時点でも、米軍サイドにすら無かった。(まさか、奴隷制度と承知の上で、放任したわけでもあるまい)
つまり、戦前の日本において売春制度、及び慰安婦制度は社会的に認められた存在であり、それを「奴隷制度」とみなす社会通念は一切存在しなかったわけである。
従って慰安所を経営した民間業者も、それを監督した軍人も、利用した兵士たちも、当時の社会通念からすれば何ら疚しい、間違った行為をしているという考えを持つ事は不可能であった。
まことに、遺憾な、人権意識が遅れた社会であったと言えよう。しかし、日本がそういう国家であったのだから、それはいかんともしがたい。
ところが、マクドゥーガル女史は、この人権意識が極端に遅れた社会で生まれ、暮らしていた人、売春制度、慰安婦制度が「奴隷制」であるという観念を持つ事が絶対できない人々を現在の価値判断で裁き、刑事責任を取らせようとしているのである。
現在の価値判断、人権意識で、過去の人権意識が遅れた社会の人間の行為を裁く。
これは、あまりにも不公平な行為ではないだろうか。
そして、もしこのような行為が許されるならば、国連は今現在、人権意識が遅れてる社会で行われている女性差別行為(例えばアフリカの一部の地域では、女性の生殖器に対して、暴力的で無意味な手術を行う事が今現在も続いてるそうですね)を、たとえ軍事力を使ってもやめさせるべきであろう。(貴方たちサヨは、タリバンに女性迫害をやめさせることに対して、実に及び腰でしたね)
慰安所問題の背景にあった、当時の日本の社会通念及び人権意識の遅れに対する、著者の無関心・無知、そしてそれによる独断的な決めつけ。
この報告書は、次のように述べられている。
「慰安所によっては、運営規則を定めて休憩時間や休憩時間に出かけられる場所を限定するなど、慰安婦を管理した。いずれにせよ戦地では、女性たちが常時、軍とともに移動する事を余儀なくされ、自由を奪われ、悲惨さに耐えなければならなかった」(第2章 強かん所の本質と規模)
「慰安婦の処遇は、通常の意味での「奴隷制」と「奴隷売買」に相当し」
つまり慰安婦たちは、自由と自己決定権を奪われたから奴隷にあたるという論法である。
一見至極まともな論理だが、彼女が故意に見落としていることがある。
それは戦前日本における、売春宿、売春婦、売春行為に対する社会通念がどのようなものであったかということである。
彼女は、慰安婦制度を次のように批判する。「これらの女性は『自由を奪われ』『意志に反して徴収された』しかも女性によっては金で買われ(中略)「慰安婦」はみな自己決定権をほとんど奪われた体験があり(後略)」
確かに悲惨な状況である。しかし、日本社会においてこれは特異な状況であっただろうか。いや、そうではない。
実際を述べるなら、上記のような状況は当時の日本の全ての売春宿に当てはまったことなのである。
全ての売春宿において働かされた女性は
「自由を奪われ」「意志に反して徴収され」「金で買われ」「自己決定権」を奪われていた。
つまり慰安婦制度を奴隷制と言うならば、当時の日本で行われていた売春制度そのものが奴隷制なのである。
ところが、まことに遺憾ながら、当時の日本の社会通念にこれを「奴隷制度」と認識する観念は全く無かった。
江戸時代から続く、通常の社会制度と見なされていたのである。
それだけではない、戦後数年間日本は米軍の占領下におかれ、主権は米軍にあったわけだが、その下でもこの売春制度を「奴隷制度」とみなす社会観念はその時点でも、米軍サイドにすら無かった。(まさか、奴隷制度と承知の上で、放任したわけでもあるまい)
つまり、戦前の日本において売春制度、及び慰安婦制度は社会的に認められた存在であり、それを「奴隷制度」とみなす社会通念は一切存在しなかったわけである。
従って慰安所を経営した民間業者も、それを監督した軍人も、利用した兵士たちも、当時の社会通念からすれば何ら疚しい、間違った行為をしているという考えを持つ事は不可能であった。
まことに、遺憾な、人権意識が遅れた社会であったと言えよう。しかし、日本がそういう国家であったのだから、それはいかんともしがたい。
ところが、マクドゥーガル女史は、この人権意識が極端に遅れた社会で生まれ、暮らしていた人、売春制度、慰安婦制度が「奴隷制」であるという観念を持つ事が絶対できない人々を現在の価値判断で裁き、刑事責任を取らせようとしているのである。
現在の価値判断、人権意識で、過去の人権意識が遅れた社会の人間の行為を裁く。
これは、あまりにも不公平な行為ではないだろうか。
そして、もしこのような行為が許されるならば、国連は今現在、人権意識が遅れてる社会で行われている女性差別行為(例えばアフリカの一部の地域では、女性の生殖器に対して、暴力的で無意味な手術を行う事が今現在も続いてるそうですね)を、たとえ軍事力を使ってもやめさせるべきであろう。(貴方たちサヨは、タリバンに女性迫害をやめさせることに対して、実に及び腰でしたね)
これは メッセージ 411 (RHforever さん)への返信です.