南京大虐殺・手書き現物「未調査」問題
投稿者: nannkainosima 投稿日時: 2013/01/10 18:36 投稿番号: [29093 / 29399]
日教組・日本共産党・ノーモア南京の会・大虐殺派サイトなどの左派サイト、
いろいろ送信したけれど返事なし。
大虐殺派の方、反論があったらくださいね。こちらを忘れておりました。
*****
私のホームページに、南京大虐殺事件について、
「現物写真版・金沢第九師団歩七連隊・井家又一日記 」
(秦郁彦『南京事件』中公新書より)
を考察対象とした論文を載せています。(URLは下段の文参照)
「南京大虐殺」は実証された事実であるかのように言われています。
しかし、南京大虐殺研究者の多くは、基本史料に「活字印刷物」をそのまま使うなど、
研究の基礎作業を全く欠いたままです。
「手書きの現物」を検討しないままでは、研究したことにはなりません。
幕末から現代へと、日本人の手書き文字は激変しましたが、
そのことについては、今なお、全く研究が蓄積されていません。
しかし手書き文字は、まさに、日本中に散らばる、自分たちの直前の祖先の痕跡です。
地域の、年長者、近世・戦前の文献が読める方に、
問い合わせてみていただけませんか?
******
「南京事件元兵士日記の、偽作の証明に向けての一考察」という論文を、
自分のホームページに載せています。
http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/ronnbunn.html
秦郁彦『南京事件』中公新書が出て26年、
その間、誰にも「おかしい」と言われなかった、写真版手書き日記ですが、
私はこの日記は「偽作」だと思います。
1937年の南京事件の頃には、
これほどの「草書変体仮名」の書き手は、滅多にいなかっただろうし、
その古そうに見せかけた文字使いに、戦後の新仮名遣い「いる」が混じるのはおかしいし、
日本語としてもおかしければ、用語もおかしい、
という、おかしいだらけの日記です。
ホームページには、宮崎県 都城連隊・宇和田弥市日記にも言及があります。
写真版・宇和田弥市日記
http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/syasinnbannuwatayaitinikki.html
実は「古文書学会向け」に2012年6月15日に出してあったのですが、
そのまま全く採否の連絡がなく、
12月13日、学会誌が届いて、やっと不採用がわかった、という次第です。
私の論文は原稿用紙換算でわずか26枚(新聞1ページ)程度ですので、
ご一読いただけないでしょうか。
草書変体仮名の読み手は少ない。
現物の草書変体仮名を最初に解読した人物が、
史料の多大の疑問点を、完全に握りつぶしたかのように見えます。
(補佐した人々なしに、それができたかどうかも疑問だと思っています)
古文書学会からは不採用連絡があっただけで、私の論旨の、どこに問題があるかという指摘がないままです。
私としては非常に未消化という状態ですので、
私の論旨に沿った反論があるならば、いただきたいと思っています。
さらに言うなら、有力論者の笠原氏十九司氏も秦郁彦氏も、
○「史料批判」の言葉の意味を間違っている。
(「史料内容を相互に照合する」 (『歴史の事実をどう認定しどう教えるか』 教育史料出版会 p220 笠原)、
「必要な情報の取捨や評価を、歴史学では「史料批判」と呼ぶ。」 (秦郁彦 『南京事件』中公新書 p107)
「史料批判」の意味は、以下の私の文、『歴史と証明』理論編に書いてあります。
http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/rekisitosyoumei.rironnhenn.html
そもそも、史料に偽作贋作、虚偽・錯誤が極めて多いので、まずそこから疑え、というのが趣旨です。
○基礎史料に、偕行社刊『南京事件資料集』など、「活字印刷物」を使っていて、
手書き史料の現物を全く検討していない。
など、研\xB5
いろいろ送信したけれど返事なし。
大虐殺派の方、反論があったらくださいね。こちらを忘れておりました。
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私のホームページに、南京大虐殺事件について、
「現物写真版・金沢第九師団歩七連隊・井家又一日記 」
(秦郁彦『南京事件』中公新書より)
を考察対象とした論文を載せています。(URLは下段の文参照)
「南京大虐殺」は実証された事実であるかのように言われています。
しかし、南京大虐殺研究者の多くは、基本史料に「活字印刷物」をそのまま使うなど、
研究の基礎作業を全く欠いたままです。
「手書きの現物」を検討しないままでは、研究したことにはなりません。
幕末から現代へと、日本人の手書き文字は激変しましたが、
そのことについては、今なお、全く研究が蓄積されていません。
しかし手書き文字は、まさに、日本中に散らばる、自分たちの直前の祖先の痕跡です。
地域の、年長者、近世・戦前の文献が読める方に、
問い合わせてみていただけませんか?
******
「南京事件元兵士日記の、偽作の証明に向けての一考察」という論文を、
自分のホームページに載せています。
http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/ronnbunn.html
秦郁彦『南京事件』中公新書が出て26年、
その間、誰にも「おかしい」と言われなかった、写真版手書き日記ですが、
私はこの日記は「偽作」だと思います。
1937年の南京事件の頃には、
これほどの「草書変体仮名」の書き手は、滅多にいなかっただろうし、
その古そうに見せかけた文字使いに、戦後の新仮名遣い「いる」が混じるのはおかしいし、
日本語としてもおかしければ、用語もおかしい、
という、おかしいだらけの日記です。
ホームページには、宮崎県 都城連隊・宇和田弥市日記にも言及があります。
写真版・宇和田弥市日記
http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/syasinnbannuwatayaitinikki.html
実は「古文書学会向け」に2012年6月15日に出してあったのですが、
そのまま全く採否の連絡がなく、
12月13日、学会誌が届いて、やっと不採用がわかった、という次第です。
私の論文は原稿用紙換算でわずか26枚(新聞1ページ)程度ですので、
ご一読いただけないでしょうか。
草書変体仮名の読み手は少ない。
現物の草書変体仮名を最初に解読した人物が、
史料の多大の疑問点を、完全に握りつぶしたかのように見えます。
(補佐した人々なしに、それができたかどうかも疑問だと思っています)
古文書学会からは不採用連絡があっただけで、私の論旨の、どこに問題があるかという指摘がないままです。
私としては非常に未消化という状態ですので、
私の論旨に沿った反論があるならば、いただきたいと思っています。
さらに言うなら、有力論者の笠原氏十九司氏も秦郁彦氏も、
○「史料批判」の言葉の意味を間違っている。
(「史料内容を相互に照合する」 (『歴史の事実をどう認定しどう教えるか』 教育史料出版会 p220 笠原)、
「必要な情報の取捨や評価を、歴史学では「史料批判」と呼ぶ。」 (秦郁彦 『南京事件』中公新書 p107)
「史料批判」の意味は、以下の私の文、『歴史と証明』理論編に書いてあります。
http://1st.geocities.jp/rekisironnsyuu/rekisitosyoumei.rironnhenn.html
そもそも、史料に偽作贋作、虚偽・錯誤が極めて多いので、まずそこから疑え、というのが趣旨です。
○基礎史料に、偕行社刊『南京事件資料集』など、「活字印刷物」を使っていて、
手書き史料の現物を全く検討していない。
など、研\xB5