朝鮮族の従軍慰安婦は今も存在する!
投稿者: quan_shi_zu 投稿日時: 2003/08/23 16:07 投稿番号: [2905 / 29399]
その流れを汲む慰安婦脈々続いています、金正日が楽しんでいる、
「喜び組」
朝鮮人は「従軍慰安婦」を恥ずかしがることはない、有効に機能し、使っているがな!
ユニバシア−ド美女軍団を向かい入れた韓国の代表の爺!
美女軍団に鼻を長くして頬ヅリ、
やらしい奴だったね、あんな慣習あったのか?
昔なら金正日の女に「白鳥」が頬刷り、!!
首切りの刑だぞ!
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「従軍慰安婦」を献上した国の悲哀
韓国の「真理と正義を求める運動家」たちは、声高に叫びつづける。曰く、「「日帝」は、公娼制度と封建的な女性奴隷観という二大害毒を、朝鮮半島に残した。」と。さらに、最近は、「日帝」が、大量の朝鮮女性を「従軍慰安婦」として強制連行したという批判にまでエスカレートしている。
しかし、これほどの歴史歪曲もあるまい。
朝鮮半島には古代から官妓(宮廷慰安婦)と民妓(売春婦)が存在していた。李朝末期社会では、妓生が一牌、二牌、三牌と三分類されている。
今日にいたって妓生が、国際的に有名になったことも日本人観光客のせいと非難しているが、本末転倒も甚だしい。
この問題については、ページを改め、詳しく後述することとし、ここでは、歴代朝鮮王朝の、
●●宗主国に対する「貢女(慰安婦)」献上について概説する。
朝鮮半島は統一国家が生れてから、東アジアに君臨する諸王朝の「慰安婦」の献上国として多く記録されている。高句麗が唐軍に滅ぼされたとき、強制連行された高句麗人は七万、
●その大多数が女性であった。
モンゴル人の高麗支配当時は、朝貢するたびに、金、銀、布帛、穀物、人参だけでなく、宦官、美女まで用意しなくてはならなかったといわれる。しかも、推別都監を設け、
●13歳から16歳までの処女を選び、官妓や軍妓(従軍慰安婦)にしていた。
李光涛著「多爾袞徴女朝鮮史事」は、多爾袞(dolgon:清の太宗皇太極の弟)の朝鮮侍女強制徴集についての専門研究書である。同書によれば、清王朝の朝鮮半島の女性に対する強制連行は、
●美女と処女を原則として、朝鮮国王の妹や王女、あるいは王室、大臣の娘を宮妃として要求したという。
しかも、清王朝の勅使は、李朝官公庁に対して、選ばれた侍女は醜女ばかりだと詰問することもよくあったらしい。
勅使は、二品以上の高官は200人以上もいるのだから、その娘は少なくとも100人以上いるはずた。たった四人しか手に入らないのは怪しい。それなら、三品の官吏の娘から選ぶべきだと督促したりしている。
●侍女は原則として両班の娘で、美女である上に処女が原則である。不正が発覚すると、責任官吏が逮捕され、罪に問われることもあった。娼妓などでごまかすものは、座首(責任者)、色吏(女色統括官)、妓生関係者によってチェックされ、不正役人は厳罰に処された。
袁世凱が日清戦争前に朝鮮政治を指導していたころも、官妓を設けている。
これが事実!
「喜び組」
朝鮮人は「従軍慰安婦」を恥ずかしがることはない、有効に機能し、使っているがな!
ユニバシア−ド美女軍団を向かい入れた韓国の代表の爺!
美女軍団に鼻を長くして頬ヅリ、
やらしい奴だったね、あんな慣習あったのか?
昔なら金正日の女に「白鳥」が頬刷り、!!
首切りの刑だぞ!
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「従軍慰安婦」を献上した国の悲哀
韓国の「真理と正義を求める運動家」たちは、声高に叫びつづける。曰く、「「日帝」は、公娼制度と封建的な女性奴隷観という二大害毒を、朝鮮半島に残した。」と。さらに、最近は、「日帝」が、大量の朝鮮女性を「従軍慰安婦」として強制連行したという批判にまでエスカレートしている。
しかし、これほどの歴史歪曲もあるまい。
朝鮮半島には古代から官妓(宮廷慰安婦)と民妓(売春婦)が存在していた。李朝末期社会では、妓生が一牌、二牌、三牌と三分類されている。
今日にいたって妓生が、国際的に有名になったことも日本人観光客のせいと非難しているが、本末転倒も甚だしい。
この問題については、ページを改め、詳しく後述することとし、ここでは、歴代朝鮮王朝の、
●●宗主国に対する「貢女(慰安婦)」献上について概説する。
朝鮮半島は統一国家が生れてから、東アジアに君臨する諸王朝の「慰安婦」の献上国として多く記録されている。高句麗が唐軍に滅ぼされたとき、強制連行された高句麗人は七万、
●その大多数が女性であった。
モンゴル人の高麗支配当時は、朝貢するたびに、金、銀、布帛、穀物、人参だけでなく、宦官、美女まで用意しなくてはならなかったといわれる。しかも、推別都監を設け、
●13歳から16歳までの処女を選び、官妓や軍妓(従軍慰安婦)にしていた。
李光涛著「多爾袞徴女朝鮮史事」は、多爾袞(dolgon:清の太宗皇太極の弟)の朝鮮侍女強制徴集についての専門研究書である。同書によれば、清王朝の朝鮮半島の女性に対する強制連行は、
●美女と処女を原則として、朝鮮国王の妹や王女、あるいは王室、大臣の娘を宮妃として要求したという。
しかも、清王朝の勅使は、李朝官公庁に対して、選ばれた侍女は醜女ばかりだと詰問することもよくあったらしい。
勅使は、二品以上の高官は200人以上もいるのだから、その娘は少なくとも100人以上いるはずた。たった四人しか手に入らないのは怪しい。それなら、三品の官吏の娘から選ぶべきだと督促したりしている。
●侍女は原則として両班の娘で、美女である上に処女が原則である。不正が発覚すると、責任官吏が逮捕され、罪に問われることもあった。娼妓などでごまかすものは、座首(責任者)、色吏(女色統括官)、妓生関係者によってチェックされ、不正役人は厳罰に処された。
袁世凱が日清戦争前に朝鮮政治を指導していたころも、官妓を設けている。
これが事実!
これは メッセージ 2904 (tenzan_arasi さん)への返信です.