大量餓死で「英霊」を増産した日本軍(4)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2012/12/31 15:06 投稿番号: [29008 / 29399]
補給が
不可能ならば、近代戦では
「敗北」
を意味する。
それでも
大本営は、ガダルカナル島奪回作戦を
打ち切る
という決断を下すことができず、前線の指揮官も作戦中止を
言い出すことができず、ずるずると
無謀な戦いが継続した。
この間の
海空の大消耗戦で生じた
艦船、航空機、兵員の
莫大な損害は、取り返しのつかない
戦力喪失となり、
その後の戦況にも
大きな影響を
及ぼすこととなった。
大本営が、やっとのことで
ガ島からの撤退を決めたのは、
42年12月31日に
なってからだった。
撤収作戦そのものは、米軍に
察知されずに
成功したが、
かろうじて救出された者は、上陸した全兵力の
3分の1。
その兵隊たちも
栄養失調で体力を失い、餓死寸前だった。
この
ガ島惨敗の責任は、まったく
大本営の作戦にある。
装備も優秀で
準備万端を整えて上陸してきた
米軍に対し、
情報収集もせずに、わずか1000名で軽装備の一木支隊に
銃剣突撃で飛行場を奪回しようという、およそ戦理に反した
無茶な攻撃を実行させ、その後も
同じ失敗を
繰り返した。
一木支隊先遣隊が、米軍の火力に阻まれ、戦車に蹂躙されて
一瞬にして全滅したのに、何回も同じ戦法を繰り返したのだ。
制海・制空権を失ったために
闇夜の中の鼠輸送しかできず、
重火器も運べず、白兵突撃戦法しか採れない――
これでは、優秀な火力装備に
勝てないことは明らかなのに、
大本営は、装備も補給も軽視して
亡国的怠慢を犯したのだ。
装備が
運べないのだから、食糧も
運べない。
人間は
食糧がなければ
生きて行けない。
ましてや
戦闘に耐えうる
体力維持は
不可能だ。
大本営の作戦当局者たちは、前線に送り込んだ兵隊たちの
食糧補給を、いったい
どう考えていたのだろうか。
南太平洋方面の日本軍の
戦略基地であった
ラバウルと、
ガダルカナル島との間は
1100キロも
離れている。
制海・制空権を
奪われ、補給が困難なことは明白なのに、
3万を超す将兵が、身一つで
この島に送り込まれたのだ。
上陸した兵士たちは、背嚢に背負った
数日分の食料を
食いつくした後は、食糧の補給を
受けられなかった。
空腹に耐えかね、野生の植物を食べて
下痢をおこしたり、
有毒植物に当たる場合も
多かった。
栄養失調で
体力が衰えているため、赤痢や
マラリア、
その他の風土病への抵抗力もなくし、次々と倒れていった。
そうした記録を
掘り起こしながら、太平洋戦争の実相と
玉砕という愚挙を繰り返した日本軍の性質を考えていきたい。
これは メッセージ 29007 (wad**umi_vo**e21 さん)への返信です.
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