■慰安婦問題にとどめをさす!
投稿者: z_gusinlp 投稿日時: 2012/09/08 22:56 投稿番号: [28042 / 29399]
従軍慰安婦論争というのは歴史研究という点では、ほとんど決着がついているといっていい問題であり、否定派による大勝利に終わったもはや過去の論争ではあるが、最近ではどこぞの国のノータリン大統領が何を血迷ってか再び蒸し返したりしているようなので、念のため総括しておきたいと思う。
“いわゆる”従軍慰安婦についての論争というものは、実は1980年代までほとんど存在しなかった。
80年代に吉田清治なるクズが、自分が慰安婦狩りをやったことを記す著書を発表して物議をかもし、あほな左派歴史学者や朝日新聞などがこれに飛びつく形で論争が勃発するのである。
吉田の著書によると、韓国の済州島で奴隷狩りのごとく多数の現地女性を強制連行し、戦地に連れて行ったということだったのだが、その後、日本の研究者が現地に調べに行ったところ、目撃者が1人もいないことが判明し、吉田自身も後に偽りであることを大枠で認めてしまった。まさにクズである。
そこで振りあげたこぶしを下げることができないアホな左翼歴史学者たちはどうしたのかというと、強制連行説を引っ込めて、“強制性”があったということを言いはじめた。
“強制性”とはだまされて連れて行かれたということなのだ。
現在ある論争は、ほぼすべてといっていいくらい、80年代以降に巻き起こったこの従軍慰安婦論争の延長線上に行われている。
この問題については、“fact”(事実)、“reality”(現実)が相当混在してしまっている。
まず、当時の国際情勢は、戦地、占領地での強姦は黙認されている状況だった。
日本軍があえて多くの予算を使って慰安所を設置したということは、戦地の住民に被害を与えないようにするための政策だったということを一方で証明しているのである。
それなのにわざわざ遠い朝鮮半島で慰安婦狩りをやっていたとするのなら、
完全に“reality”に欠ける話であるどころか、その行動は意味不明だとしかいいようがない。
ましてや、当時の韓国人は日本人として扱われていたのだから、戦争している中国人女性以下の扱いを受ける理由がまったくわからない。
そもそも、こんな不自然なところから論争がはじまったので、その後の議論もリアリティーの欠けるものとなってしまっているのだ。
ファクトとしていうと、慰安婦の半数以上は日本人であって、朝鮮人も多数いた。
そして、そのなかで朝鮮人の慰安婦がいたというファクトだけを取り上げて、なぜ朝鮮人が慰安婦になったのかというところだけを考え、強制か強制じゃないかという論争に持ち込もうとするから、そこにはリアリティがまったく存在しないのである。
当時の情勢を考えると、日本でも東北地方などは非常に貧しくて、貧しい家では娘が売られていくような現実があった。
ましてや、韓国は日本よりも相当遅れていたことから、貧困の度合いはかりのものだった。
日本軍が慰安所を設置するということで、女衒といわれる業者が日本、韓国で慰安婦を募集した。
親が娘を売ることがまかり通った時代である。
貧しさのあまりやむなく慰安婦になることを決めた人、親にだまされ、村人にだまされ、泣く泣く慰安婦になった人も多数いたことだろう。
こんな状況で現在の価値観から判断して、だました、だまされていない、などと言ってみても仕様がないのではないだろうか。
慰安所を設置した日本軍が悪かったのか、慰安婦を集めた女衒が悪かったのか、娘をだました親が悪かったのか。
歴史論としては、ただ、そういう時代があったということを語るしかないだろうと思う。
慰安婦は女衒が集め、慰安所は民間業者が経営していたが、日本軍が慰安所を管理したのは事実である。
後世に悪評されてまで軍が管理する必要はなかったが、アメリカのベトナム戦争を見てわかるように、戦地の売春施設を野放しにすると、性病が蔓延し、兵士や売春婦はもちろん、地元の住民にも影響を及ぼすことから、日本軍の判断として慰安所を管理することにしたのだろう。
それが正しかったのか、誤っているのかということを判断することは後世の人間がする事ではない。
“いわゆる”従軍慰安婦についての論争というものは、実は1980年代までほとんど存在しなかった。
80年代に吉田清治なるクズが、自分が慰安婦狩りをやったことを記す著書を発表して物議をかもし、あほな左派歴史学者や朝日新聞などがこれに飛びつく形で論争が勃発するのである。
吉田の著書によると、韓国の済州島で奴隷狩りのごとく多数の現地女性を強制連行し、戦地に連れて行ったということだったのだが、その後、日本の研究者が現地に調べに行ったところ、目撃者が1人もいないことが判明し、吉田自身も後に偽りであることを大枠で認めてしまった。まさにクズである。
そこで振りあげたこぶしを下げることができないアホな左翼歴史学者たちはどうしたのかというと、強制連行説を引っ込めて、“強制性”があったということを言いはじめた。
“強制性”とはだまされて連れて行かれたということなのだ。
現在ある論争は、ほぼすべてといっていいくらい、80年代以降に巻き起こったこの従軍慰安婦論争の延長線上に行われている。
この問題については、“fact”(事実)、“reality”(現実)が相当混在してしまっている。
まず、当時の国際情勢は、戦地、占領地での強姦は黙認されている状況だった。
日本軍があえて多くの予算を使って慰安所を設置したということは、戦地の住民に被害を与えないようにするための政策だったということを一方で証明しているのである。
それなのにわざわざ遠い朝鮮半島で慰安婦狩りをやっていたとするのなら、
完全に“reality”に欠ける話であるどころか、その行動は意味不明だとしかいいようがない。
ましてや、当時の韓国人は日本人として扱われていたのだから、戦争している中国人女性以下の扱いを受ける理由がまったくわからない。
そもそも、こんな不自然なところから論争がはじまったので、その後の議論もリアリティーの欠けるものとなってしまっているのだ。
ファクトとしていうと、慰安婦の半数以上は日本人であって、朝鮮人も多数いた。
そして、そのなかで朝鮮人の慰安婦がいたというファクトだけを取り上げて、なぜ朝鮮人が慰安婦になったのかというところだけを考え、強制か強制じゃないかという論争に持ち込もうとするから、そこにはリアリティがまったく存在しないのである。
当時の情勢を考えると、日本でも東北地方などは非常に貧しくて、貧しい家では娘が売られていくような現実があった。
ましてや、韓国は日本よりも相当遅れていたことから、貧困の度合いはかりのものだった。
日本軍が慰安所を設置するということで、女衒といわれる業者が日本、韓国で慰安婦を募集した。
親が娘を売ることがまかり通った時代である。
貧しさのあまりやむなく慰安婦になることを決めた人、親にだまされ、村人にだまされ、泣く泣く慰安婦になった人も多数いたことだろう。
こんな状況で現在の価値観から判断して、だました、だまされていない、などと言ってみても仕様がないのではないだろうか。
慰安所を設置した日本軍が悪かったのか、慰安婦を集めた女衒が悪かったのか、娘をだました親が悪かったのか。
歴史論としては、ただ、そういう時代があったということを語るしかないだろうと思う。
慰安婦は女衒が集め、慰安所は民間業者が経営していたが、日本軍が慰安所を管理したのは事実である。
後世に悪評されてまで軍が管理する必要はなかったが、アメリカのベトナム戦争を見てわかるように、戦地の売春施設を野放しにすると、性病が蔓延し、兵士や売春婦はもちろん、地元の住民にも影響を及ぼすことから、日本軍の判断として慰安所を管理することにしたのだろう。
それが正しかったのか、誤っているのかということを判断することは後世の人間がする事ではない。