Re: 南京事件に関する、日本側の記録
投稿者: shoujouji 投稿日時: 2012/07/05 09:30 投稿番号: [27783 / 29399]
>↑第六師団は第十軍に隷属し昭和十二年十二月二十日江蘇省南部、
浙江省北端及安薇省東南部を戦場としていた。直接交戦軍の兵力
二十万人。つまり証言のように、南京に居ることは無い
あはは。おまえ、必死になって調べて何かを証明したつもりかな?
第六師団;
1937年(昭和12年)日中戦争が勃発すると、7月27日には支那駐屯軍隷下となり
華北での作戦に従事し、10月20日には第10軍(司令官:柳川平助中将)隷下となり、
第18師団・第114師団とともに杭州湾に上陸し中国軍の背後からの攻撃にあたり、
続いて南京攻略戦に参戦する。1938年(昭和13年)2月14日に中支那派遣軍隷下
となり徐州会戦を、同年7月4日には第11軍隷下となり武漢作戦を戦う。この間の
昭和13年(1938年)5月15日には、留守第6師団の担当で第106師団が編成され、
同じく第11軍隷下で武漢作戦に参戦し悪戦苦闘する一方、第6師団は快進撃を続け
漢口一番乗りを果たし10月26日に占領する。
証言にある第六師団歩兵第二三連隊の兵士は、確かに南京戦に参加し、その後に
徐州作戦に参加したのだろう。日付や内容からして15日は南京での話、21日は
その後の行軍中の話だろう。それが何か?21日の記述が南京の話だと、いったい
どこに書いてあるんだね?(藁
兵士の日記というのは自分の見聞きし、行動した範囲のことだけを書いてある。
それが南京戦のことか、別の作戦中のことか、などという区別は本人にはない。
ましてや70年後の日本の馬鹿ウヨの妄想のネタになることなんぞ想定して
書いているわけではない。だからこそ、貴重な歴史資料なのである。
これは メッセージ 27782 (nya**otyan*dam*n さん)への返信です.
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