Re: 復讐でなければ鬱憤晴らしにならぬ
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/06/11 15:49 投稿番号: [27666 / 29399]
映画『ゆきゆきて神軍』では、終戦が決した後にもかかわらず、ある部隊で銃殺された二名の兵士の死の真相を奥崎が追っていく。生き残りの人たちを追いつめて、結局、彼らが食料として食われたということが分かる。しかも、それはそもそもの情報提供者であった山田吉太郎も最初から知っていた事実であった。奥崎は病床にある山田を詰問し罵倒する。
が、ここで奥崎の弱体が露呈する。というか、露呈したと私は思った。奥崎の強気は自分が地獄を見てきた、その地獄で死んだ戦友の復讐をするのだということに拠っている。戦争体験者は、それだけで戦後生まれには想像もつかないような苦労はしているだろうが、終戦1年前に捕虜となった奥崎は、ニューギニア戦線の本当の地獄を体験していない。山田は、その本当の地獄をかいくぐって生き抜いた男である。つまり、「自分は地獄を見てきたのだ」という奥崎の攻め方は、山田に対してはまったく通用しない。病床のせいもあるが、山田の眼差しはまるで虚無を見据えているかのようにうつろだ。いきり立つ奥崎と好対照をなしている。
そこで、奥崎が出した単語が「天罰」だった。山田が病気であるのは天罰であると奥崎は言う。
山田「だけど、俺の場合はちっとも天罰じゃないよ」
奥崎はしどろもどろになりながら、強気で押し切ろうとするが、山田は淡々と反論する。
奥崎「あなたは絶対に天、あな、あなただけが天罰言ってるじゃないですよ。私がねニューギニアで飢え死にしそうになったことも天罰だし、家内が交通事故で重傷を負ったことも天罰だし、私がね、殺したくもない人を殺すことになったのも天罰だし、みんな天罰だと思ってるんです。とにかく不幸になるということはね、それ相応のことをしているわけです。あなたは、あなたは何もしていないというわけですか。今日まで……」
山田「そんじゃ、俺がもししていない場合は先祖がしているって言うだろう」
奥崎はそれを否定する。先祖のせいではないと。本人が何かしているはずだと。
これは メッセージ 27664 (sho*jou** さん)への返信です.
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