Re: 酒保
投稿者: maximirion 投稿日時: 2012/02/08 23:38 投稿番号: [27116 / 29399]
<nidanidao>
>お前さんがどう喚こうと例示したようにカエサルの軍は私兵であるし、ローマ末期の軍は傭兵=軍隊そのものが”民間人に委託”したものですが。
古代の自我に「私」と「公」の区別がないと言っているのだが。
あきらめなさい。
根拠がないことを言い張るだけの妄想坊やは、無知でもあるようだ。
古代のユーラシアで、自我に「私」と「公」の区別がなかったかどうか詳しくは知らんが、少なくとも中華の朝廷やその柵封国と古代の日本では、自我に「私」と「公」の区別があった事は明白だ。
釈尊は、自我に於ける「私」の取り扱いと「公」の取り扱いを悟り、人の精神に棲み憑く「苦」を取り除く在り方と術を説法した。
朝鮮半島の実際の史実の中では、自我に「私」と「公」の区別があった可能性は高いが、韓流ドラマで描かれる歴史物語の中では、自我に「私」と「公」の区別が付けられないために統治が終始混乱している様しか描かれない。
歴史を現在の韓国人の心が安んじるようなものとして描きたい故に創作されているのであろうが、創作する人達やそれを望む人達の民度が繁栄されて、史実よりも自我に「私」と「公」の区別が付けられない者の発想であることが映し込まれてしまうのだな。
日本のマスコミや出版業界には、同様の傾向が蔓延っているから社会派を称する作品や先の戦争をテーマにした物語の多くが、自我に「私」と「公」の区別が付けられない政策側の民度が映しこまれている。
そこには、大和心や侍魂や武士の情けといった、日本人の絆と和に対する矜恃がない。
つまり、nidanidao にも東アジアで古代から徳目の根幹であった【自我に於ける「公私」の区別とけじめ】も【日本人の矜恃】も備わっていないということだ。
これは メッセージ 27112 (nidanidao さん)への返信です.
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