元陸軍伍長の証言
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/01/18 14:59 投稿番号: [26852 / 29399]
●元陸軍伍長・金子安次さんの証言
検事
金子安次さんは1920年1月28日生まれ、80歳ですね。あなたは1940年11月に北支那方面軍に入隊されたのですね。
金子
はい。
検事
それ以後、中国山東省などを転戦されて終戦を迎えられたのですね。
金子
はい。
検事
あなたの軍隊における最後の地位は何でしたか。
金子
伍長です。
検事
それでは、これからあなたが中国大陸で体験されたことについてうかがいます。あなたが軍隊に所属されていた間に、自分で体験した「慰安所」というのはどういうものでしたか。
金子
私は、昭和17年に山東省の東昌というところにいました。その時に中隊の命令で、巡回慰安婦の移動を警備をしろという命令を受けました。そして機関銃中隊から少尉以下9名、機関銃を持って大隊本部にまいりました。その時にすでに小銃隊が15名ほどおりまして、2台のトラックに乗りました。私たちが2番目のトラックに乗ったときに、そこには絣の着物を着た従軍「慰安婦」の方が3人おりました。
しかしながら、敵地区をまわるので八路軍に襲撃される恐れがあるからまずいということで、携帯用の外套を上から着せました。そして軍帽をかぶせました。
その車中の中で、古い兵隊が「おれはおまえたちのために警備して送るんだが、もしも途中で八路軍に敵襲を受けて戦死したらこんなに恥ずかしい話はないよ」と「慰安婦」の人に言ったんです。
そうすると「慰安婦」の一人の方が「だったらやめたらいいでしょう」、こういいました。「馬鹿野郎。おれは勝手に来てるんじゃないんだ。命令で来ているんだ。そんな勝手なことができるか」。
そうすると、「慰安婦」の方が、「あたしだって何も好きこのんでこんな危ないところに来ませんよ。軍隊の偉い人のお陰でここに来ているんですよ」と言いました。
検事
今のは、あなたが軍隊に入って「慰安婦」の輸送にかかわったときの出来事ですね。それでは、次にあなた自身が「慰安所」に行くようになったときの体験をお話し下さい。
これは メッセージ 26851 (fukagawatohei さん)への返信です.
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