兵士たちを見殺しにした皇軍
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2010/11/13 09:56 投稿番号: [24010 / 29399]
第二次大戦など
近代戦争において、自軍の部隊にたいし
事実上
全滅することを 強要した軍隊は、旧日本軍しか 存在しない。
他国の軍にも、作戦の失敗によって 部隊が全滅してしまう事例は
あるとしても、はじめから 勝利も兵士生還の可能性も無いまま、
「潔く 玉砕し、軍人精神の精華を発揮」 せよと 命じたことは、
近代軍としては 無能のきわみであり、類例のない異常なものだ。
現地からの補給や増援の要請にも 応えず、退却の命令も 出さず、
守備隊全員を 見殺しにしておきながら、大本営は、それを
「援軍を要請せず、自ら玉砕した」 という 偽りの麗句で宣伝し、
国民の 戦意の高揚を 図ろうとしたのだ。
兵士の生命を極端に軽視する 日本軍の 「武士道精神」は、
結果、世界に例のない 自爆死攻撃、「特攻」という
近代軍にはあるまじき 邪道の戦術に 行き着くことになった。
先の大戦中、自爆目的の特攻兵器は 他国には 存在しなかった。
たとえば 欧米の「人間魚雷」は、日本の「回天」のように
兵士もろとも 敵艦に突入するような 自殺兵器では なかった。
事実、各地で戦果を挙げた隊員たちの 大多数が生還しており、
なかには 勲章を授与された者も 存在している。
兵士の自爆死を必至とする「特攻」の実例は、他国には存在しない。
守備隊が全滅する「玉砕」も、兵士の死を 前提とした戦術であり、
近代戦争にかぎって見れば、日本軍独自のものだ。
戦場の実相は 「玉のように砕ける」といった美しいものではなく、
大本営発表とは かけ離れた 悲惨きわまりないものだった。
戦争末期には、日本兵の多くは 華々しい戦死よりも、飢餓と
マラリアで倒れ 野垂れ死にしたものが 圧倒的だった。
飢えと病気で 多数を失い、弾薬や食料など兵站が 底を着いて
戦闘手段を喪失したならば、撤退するか、潔く 敵に降ることは
近代軍としては 当然のことである にもかかわらず、日本軍は
それを 兵士たちに許さず、生き残った者に 絶望的な突撃を命じた。
生きて捕虜になることは 恥であり、むしろ 潔く死ぬべきだ―
という 「武士道精神」は、近代戦の勝利には 寄与しなかった。
日本軍の 人命軽視、極端な精神至上主義は、戦争全般を通じて
戦闘による戦死者の人数よりも、餓死者の数が 上回るという
悲惨な状況に陥り、さらには 民間人までも 集団自決に追いやり、
夥しい国民の血を流し、国土を焦土とする 最悪の惨状を招いた。
「武士道」に凝り固まった日本軍は、敗れるべくして 敗れ去った
―― つまり、惨めな敗戦は、“自業自得”だった と言える。
近代戦争である 第二次大戦において、自軍の部隊に たいして
「全滅」を 要請した軍隊は、唯一、旧日本軍しか 存在しない。
明治維新の折、「武士」軍団を徹底的に殲滅した 近代陸軍の父、
長州の大村益次郎が 昭和に生きていたならば、はたして この
「玉砕」や「特攻」といった 「武士道」精神に満ちた自殺戦法を
どのように 見たことだろう。
日本軍は なんと立派な 軍隊に育ったものだな―― などと
感激して、誉め讃えただろか。 それとも、呆れた表情で、
これでは 到底 勝てませんな―― と、断じただろうか。
想像するほかないが、自分は、後者のように 思える。
全滅することを 強要した軍隊は、旧日本軍しか 存在しない。
他国の軍にも、作戦の失敗によって 部隊が全滅してしまう事例は
あるとしても、はじめから 勝利も兵士生還の可能性も無いまま、
「潔く 玉砕し、軍人精神の精華を発揮」 せよと 命じたことは、
近代軍としては 無能のきわみであり、類例のない異常なものだ。
現地からの補給や増援の要請にも 応えず、退却の命令も 出さず、
守備隊全員を 見殺しにしておきながら、大本営は、それを
「援軍を要請せず、自ら玉砕した」 という 偽りの麗句で宣伝し、
国民の 戦意の高揚を 図ろうとしたのだ。
兵士の生命を極端に軽視する 日本軍の 「武士道精神」は、
結果、世界に例のない 自爆死攻撃、「特攻」という
近代軍にはあるまじき 邪道の戦術に 行き着くことになった。
先の大戦中、自爆目的の特攻兵器は 他国には 存在しなかった。
たとえば 欧米の「人間魚雷」は、日本の「回天」のように
兵士もろとも 敵艦に突入するような 自殺兵器では なかった。
事実、各地で戦果を挙げた隊員たちの 大多数が生還しており、
なかには 勲章を授与された者も 存在している。
兵士の自爆死を必至とする「特攻」の実例は、他国には存在しない。
守備隊が全滅する「玉砕」も、兵士の死を 前提とした戦術であり、
近代戦争にかぎって見れば、日本軍独自のものだ。
戦場の実相は 「玉のように砕ける」といった美しいものではなく、
大本営発表とは かけ離れた 悲惨きわまりないものだった。
戦争末期には、日本兵の多くは 華々しい戦死よりも、飢餓と
マラリアで倒れ 野垂れ死にしたものが 圧倒的だった。
飢えと病気で 多数を失い、弾薬や食料など兵站が 底を着いて
戦闘手段を喪失したならば、撤退するか、潔く 敵に降ることは
近代軍としては 当然のことである にもかかわらず、日本軍は
それを 兵士たちに許さず、生き残った者に 絶望的な突撃を命じた。
生きて捕虜になることは 恥であり、むしろ 潔く死ぬべきだ―
という 「武士道精神」は、近代戦の勝利には 寄与しなかった。
日本軍の 人命軽視、極端な精神至上主義は、戦争全般を通じて
戦闘による戦死者の人数よりも、餓死者の数が 上回るという
悲惨な状況に陥り、さらには 民間人までも 集団自決に追いやり、
夥しい国民の血を流し、国土を焦土とする 最悪の惨状を招いた。
「武士道」に凝り固まった日本軍は、敗れるべくして 敗れ去った
―― つまり、惨めな敗戦は、“自業自得”だった と言える。
近代戦争である 第二次大戦において、自軍の部隊に たいして
「全滅」を 要請した軍隊は、唯一、旧日本軍しか 存在しない。
明治維新の折、「武士」軍団を徹底的に殲滅した 近代陸軍の父、
長州の大村益次郎が 昭和に生きていたならば、はたして この
「玉砕」や「特攻」といった 「武士道」精神に満ちた自殺戦法を
どのように 見たことだろう。
日本軍は なんと立派な 軍隊に育ったものだな―― などと
感激して、誉め讃えただろか。 それとも、呆れた表情で、
これでは 到底 勝てませんな―― と、断じただろうか。
想像するほかないが、自分は、後者のように 思える。
これは メッセージ 23957 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.