南京事件の背景に関する考察④
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2010/11/05 22:42 投稿番号: [23906 / 29399]
軍や師団の幕僚が
捕虜の殺害を指示していた
という証言には、
以下のような
例もある。
上海派遣軍の
独立攻城重砲兵
第二大隊第一中隊の中尉は、
仙鶴門鎮付近で
大部隊を捕虜にした際の
状況について
次のように
証言している。
捕虜の数は約一万でしたが、早速軍司令部に報告したところ、
「直ちに銃殺せよ」と言ってきたので
拒否しましたら
「では中山門まで連れて来い」
と命令されました。
「それも不可能」
と断わったら、やっと
「歩兵四コ中隊を増援するから連れて来い」ということになり、
私も中山門近くまで同行しました。(中略)
直ちに銃殺せよ
とは、一体誰が決定し、誰が命令を下したのか。
当時、私の胸が痛かった印象は、従軍中はもとより
今日に至るまで
私の脳裡から離れません。
(畝本正巳「証言による『南京戦史』(5)」)
師団副官が捕虜を殺せと指示したという
歩兵第三十八聯隊副官の
次の証言もある。
聯隊の第一線が、南京城
一、二キロ近くまで近接して、
彼我入り乱れて
混戦していた頃、師団副官の声で、
師団命令として「支那兵の降伏を受け入れるな。処置せよ」
と電話で伝えられた
(中略)
部隊としては
実に驚き、
困却しましたが
命令やむを得ず、各大隊に下達しましたが
各大隊からは、その後何ひとつ
報告はありませんでした。
師団が
捕虜の処置を決めて指示したという記録も残されている。
第十三師団は、10月9日付師団司令部名で「戦闘に関する教示」
を出し、中国人捕虜の扱いについて
次のように示していた。
捕虜中将校ハ之ヲ射殺スルコトナク武装解除ノ上、師団司令部ニ
護送スルヲ要ス
此等ハ軍ニ於テ情報収集ノミナラズ宣伝ニ利用
スルモノニ付、此ノ点部下各隊ニ徹底セシムルヲ要ス
但シ少数
人員ノ捕虜ハ所要ノ尋問ヲ為シタル上
適宜処置スルモノトス
(防衛研究所蔵「第十三師団戦闘詳報別紙及附図」第一号)
武装を解除した後の捕虜を、裁判もなしに
その場で処刑することは
明白な
国際法違反であることは
言うまでもない。
しかし、「事変」と称した大量殺戮の場では
国際法は適用されず、
道義的規範は
完全に無視されたのだ。
これは メッセージ 23905 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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