南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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5、内的批判

投稿者: nannkainosima 投稿日時: 2010/10/20 23:41 投稿番号: [23726 / 29399]
今から約75年前の、昭和10年(1935年)の『歴史学研究法』より


史料をどの程度信じるべきか、どの程度の証拠力があるかを検討する。
同一事実に対して直接証人の証言が矛盾していることは少なくない。

証人は、
論理的な意味で真実を述べることができたのか、
倫理的な意味で真実を述べる意志があったのか、
この二点においての評価が必要である。

史料の信頼性が損ねられる例は多々ある。
その原因には、大きく分けて「錯誤」と「虚偽」がある。

〔錯誤の例〕
      1.感覚的な錯誤

      2.総合判断の際の先入観や感情による錯誤

      3.記憶を再現する際に感情的要素が働いて誇大美化が起きるような例

      4.言語表現が不適切で証言がそのまま他人に理解されない例

  直接の観察者でも、錯誤が入ることはよくある。
ましてや証言者がその事件を伝聞した人である場合、
誤解・補足・独自の解釈等によって、さらに錯誤が入る機会は多い。

ことに噂話のように非常に多数の人を経由する証言は、
その間にさらに群集心理が働いて、感情的になり、錯誤はますます増える。

〔虚偽の例〕
   1.自分あるいは自分の団体の利害に基づく虚偽

   2、.憎悪心・嫉妬心・虚栄心・好奇心から出る虚偽

   3、公然あるいは暗黙の強制に屈服したための虚偽

   4、倫理的・美的感情から、事実を教訓的にまたは芸術的に述べる虚偽

   5、病的変態的な虚偽

   7、沈黙が一種の虚偽であることもある

このように、言語史料には錯誤・虚偽が入る機会が多い。

事件の当事者の報告は、その事件を最もよく把握している人の証言だ、
という意味では最も価値がある。

しかし一方、当事者はそのことに最も大きな関心を持っているために、
時として利害関係虚栄心などから、真実を隠す傾向がある。

この点においては、第三者の証言の方が信頼性が高くなる。
錯誤はなくても虚偽が入るのだ。

すべての証言において、その作者の人物を考慮することは、
その史料の信頼性を考える上で、重要な標準となる。
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