一次史料についての一般的な歴史的経験
投稿者: nannkainosima 投稿日時: 2010/10/20 23:14 投稿番号: [23725 / 29399]
個人や集団の利害に関係する文書は、
当事者の作成とされていても、あるいは逆に、当事者が作成したとされるがゆえに、
むしろ信用できなくなることも多い。
史実のかく乱情報は、史実が発生した当初から存在しうる。
利害を左右するとなると、これら当事者による情報は、
本人あるいは他者によって、偽作・捏造・虚偽の対象になりやすい。
証拠となる痕跡や遺物、文献、証言、絵画・写真等が
「実物かどうか」「内容がどの程度本当か」
を判断するのに必要なのは、
「その史料を構成する要素」についての、同時代の正しい史料である。
つまり、地理・地形・地質・気象、痕跡、遺物、紙質・筆跡・文章形式・言葉、
あるいは物品の製作技術、その傾向や材料など、
時間や場所や状況を特定するのに役立つもの。
あるいは、情報として役立つものとしては、
全体の歴史、全体の人間関係、
当時の人々が残した、生活・慣習・制度・思考・行動様式の、記録・情報のうち、
その事件について、時間や場所や内容の蓋然性を証明するもの、
などが参考になる。
*南京事件に関する兵士の個人日記は、どこから出てきたのか。
日記の執筆者が特定されないように、執筆者情報が秘密にされている、
というような場合は、
来歴の説明と言う点で、
証言として必要な条件を、欠いているということである。
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