南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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毎夜懲りず知りもしないことを持ちだす白痴

投稿者: maximirion 投稿日時: 2010/10/07 00:26 投稿番号: [23598 / 29399]
Re: 南京大虐殺の罪と罰 2010/10/ 6 20:37 [ No.23595 / 23597 ] 投稿者 : anthony_749

>南京事件の様に、夢の又夢より、広島長崎、日本人虐殺を論じましょうね、脳無し君。


「夢の又夢」であってほしいというのはきわめて日本人的な思考です。

欧米人は厳しい「現実」に対峙することを躊躇しません、それはキリスト教的な合理的思考によりもたらされるものでしょうがその理由は長くなるので述べません。




”述べません”ではなく、述べられないのであろう。
今までも自身で述べた例などないのだからね。
総て借り物、他人の弁を右から左へ摘み喰い。
せっかく他者の弁を拝借するなら、その弁を深く理解する努力をするべきなのだが、表層を聞きかじる程度で脳味噌にマッピングしてしまうから何も理解できず、真贋も是非も分らないままに己の思いつきを埋め合わせる言葉面に酔いしれる。

哀れだね。


キリスト教と他の宗教や思想及び哲学を比べてみれば自明のことなのだが、教会発のキリスト教は、人間の持ち合せる光と闇、社会の持ち合せる光と闇、その光と闇が自然の理に対峙した時に人間が直面する現実を善悪二項論に単純化し、光を是とし闇を非として善悪のレッテルを貼ることで悪とした闇の部分を排他して向き合うことを忌避させる邪教だ。

キリスト教以外の伝承的宗教或いは思想及び哲学に於いて、人間とその社会の持ち合わせる光と闇の両方に真摯で向き合うよう導くことで、現実と自我の調和を図れる様促すのだ。

総じて、アジア的「道」「教」「思想」「哲学」「信仰」の中では、自己の闇と社会の闇に正面から向き合って、”他者の是非に在らず”を会得することで現実と自身の光にも闇にも向き合う術を説き、実践を促す。

日本人の源精神として語られる大和心や侍魂も大和魂や武士道もそれに違うものではない。
戦陣訓でさえ、その全文を読むまでもなく同じくする精神的源流を当時の精神性に照らして書き降されたものと言って過言ではない。

ドスとエフスキーの「罪と罰」で描かれるのは、東洋に限らず多くのキリスト教国家でない世界の人達が己の闇と対峙する際に出会う苦悩や望みを抱えての精神的葛藤である。
それが、キリスト教的背景の中で生きる主人公を通して書かれた故に名作とされるのだよ。
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