あ〜ら、お珍しい!(♪)
投稿者: steffi_10121976 投稿日時: 2010/10/03 23:20 投稿番号: [23463 / 29399]
誰かと思ったら、その昔“派遣切り”問題で、株式会社の内部留保や会計基準について、チョー頓珍漢ぶりを発揮してくださったフォーエバーさんじゃないの。
お久しぶり〜!(♪)
あら、そんなに嫌そうなお顔なさらなくたっていいじゃな〜い?
あれからあんまりお見かけしなくなっちゃったんで、それとなく心配してあげていたんだから。
でも、お元気そうなので安心したわ。
もっとも、お書きになっていらっしゃる内容の頓珍漢ぶりは、以前にもまして“ご健在”のようですね。(笑)
●>議論なんて終ってしまっています。
ふ〜ん、そうなんですか?(笑)
でしたら、それは、いつ、どこで、何を根拠として、どのような形で公式に決着がついたのか、また被害者の人数は最終的に何人程度と認定されたのか、原典をご明示のうえ、ご説明いただけますでしょうか?
●>現に司法の場でも家永教科書裁判で南京事件はあったと事実認定を受け、政府も南京事件を事実だと認めています。
お気は確かですか?
家永裁判は教科書検定の合法性が争われたもので、その争点においては第一次から第三次訴訟まで、すべて家永さんの全面敗訴が確定しているのですよ。
ただひとつ第三次訴訟において、南京事件を含む4件の記述に関する【国の裁量権の逸脱】が認められたに過ぎません。
いったい判決文のどこをどう読んだら、司法が南京事件を事実と認定したのか、原典をご明示のうえ、わかりやすくご説明していただけます?
●>そして1996年にドイツで見つかったラーベの記録文書には南京事件の被害者の一人である李秀英さん被害証言との整合性があり、
その「ラーベの記録文書」って、彼が南京からドイツへの帰国後に書いた「日記」のことかしら?
私はそのドイツ語の原文を読んだことがありますけれども、内容は百パーセント第三者からの“伝聞”であって、彼自身が目撃したり、当事者にヒアリングしたものなど、ただの1件もないのですよ。
また、これもさんざん指摘されているように、当時のドイツは中国大陸における対日利益相反国として英米とともに露骨な“援蒋”政策を推進していたこと、そしてラーベ自身も中国国民党の顧問として蒋介石と深くかかわっていたことが明らかになっています。
そのような人物の、しかも“伝聞”にしか過ぎない日記を南京事件実在の客観的根拠と考えること自体が常軌を逸していますね。
ところで、フォーエバーさんは南京安全区国際委員会の委員長でもあったラーベが、南京攻防戦に際して日本軍が安全区を攻撃しなかったことに対して感謝状すら送っている事実をご存知ですか?
こちらはまさに彼の実体験に根ざした彼自身の行動の記録です。
にも拘わらず、“南京大虐殺あった派“は伝聞にしか過ぎないラーベ日記を大々的に持ち上げるいっぽう、こちらの事実をことさらに無視するのは、いったいどういう意図によるものでしょうか?
●>彼女の証言は1999年に司法で事実認定をされました。
具体的に李秀英さんのどの証言が、どこの裁判所で、どのように“事実認定”されたのでしょうか?
その判決文資料をご提示くださいませ。
ただし、確定裁判における“事実認定”とは、私が半年ほど前、次のリンク先で申しあげたとおり、裁判所の判断内容のうち、当事者(原告・被告等)および後訴裁判所を拘束する法的効力、すなわち“既判力”を有する部分にかかわるものだけということになりますので、くれぐれもお間違えにならないようお願い申しあげます。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835559&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6af c0a9oa29ta4obbvbcb&sid=1835559&mid=14272
(つづく)
お久しぶり〜!(♪)
あら、そんなに嫌そうなお顔なさらなくたっていいじゃな〜い?
あれからあんまりお見かけしなくなっちゃったんで、それとなく心配してあげていたんだから。
でも、お元気そうなので安心したわ。
もっとも、お書きになっていらっしゃる内容の頓珍漢ぶりは、以前にもまして“ご健在”のようですね。(笑)
●>議論なんて終ってしまっています。
ふ〜ん、そうなんですか?(笑)
でしたら、それは、いつ、どこで、何を根拠として、どのような形で公式に決着がついたのか、また被害者の人数は最終的に何人程度と認定されたのか、原典をご明示のうえ、ご説明いただけますでしょうか?
●>現に司法の場でも家永教科書裁判で南京事件はあったと事実認定を受け、政府も南京事件を事実だと認めています。
お気は確かですか?
家永裁判は教科書検定の合法性が争われたもので、その争点においては第一次から第三次訴訟まで、すべて家永さんの全面敗訴が確定しているのですよ。
ただひとつ第三次訴訟において、南京事件を含む4件の記述に関する【国の裁量権の逸脱】が認められたに過ぎません。
いったい判決文のどこをどう読んだら、司法が南京事件を事実と認定したのか、原典をご明示のうえ、わかりやすくご説明していただけます?
●>そして1996年にドイツで見つかったラーベの記録文書には南京事件の被害者の一人である李秀英さん被害証言との整合性があり、
その「ラーベの記録文書」って、彼が南京からドイツへの帰国後に書いた「日記」のことかしら?
私はそのドイツ語の原文を読んだことがありますけれども、内容は百パーセント第三者からの“伝聞”であって、彼自身が目撃したり、当事者にヒアリングしたものなど、ただの1件もないのですよ。
また、これもさんざん指摘されているように、当時のドイツは中国大陸における対日利益相反国として英米とともに露骨な“援蒋”政策を推進していたこと、そしてラーベ自身も中国国民党の顧問として蒋介石と深くかかわっていたことが明らかになっています。
そのような人物の、しかも“伝聞”にしか過ぎない日記を南京事件実在の客観的根拠と考えること自体が常軌を逸していますね。
ところで、フォーエバーさんは南京安全区国際委員会の委員長でもあったラーベが、南京攻防戦に際して日本軍が安全区を攻撃しなかったことに対して感謝状すら送っている事実をご存知ですか?
こちらはまさに彼の実体験に根ざした彼自身の行動の記録です。
にも拘わらず、“南京大虐殺あった派“は伝聞にしか過ぎないラーベ日記を大々的に持ち上げるいっぽう、こちらの事実をことさらに無視するのは、いったいどういう意図によるものでしょうか?
●>彼女の証言は1999年に司法で事実認定をされました。
具体的に李秀英さんのどの証言が、どこの裁判所で、どのように“事実認定”されたのでしょうか?
その判決文資料をご提示くださいませ。
ただし、確定裁判における“事実認定”とは、私が半年ほど前、次のリンク先で申しあげたとおり、裁判所の判断内容のうち、当事者(原告・被告等)および後訴裁判所を拘束する法的効力、すなわち“既判力”を有する部分にかかわるものだけということになりますので、くれぐれもお間違えにならないようお願い申しあげます。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835559&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6af c0a9oa29ta4obbvbcb&sid=1835559&mid=14272
(つづく)
これは メッセージ 23327 (forever_omegatribe さん)への返信です.