南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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兵隊は、変体仮名は使えない

投稿者: nannkainosima 投稿日時: 2010/10/01 23:08 投稿番号: [23344 / 29399]
秦郁彦著『南京事件』中公新書p131に、
昭和12年の、井家又一上等兵の日記が写真版で掲載されています。
これは中国製作のニセモノです。

これは南京入場式の前日、12月16日に難民区を掃蕩したという記事です。

「12月16日」が「拾貳月拾六日」、
「しまった」が変体仮名の「志満っ多」

これらは、ほとんど行書で、崩し方は大きくありません。

こんな書き方は、当時、日本国内では、あまりやっていませんでした。

昭和10年版『手紙講座』全8巻の、著名人達の手紙実例が手元にあります。
この講座は、国会図書館にもあります。

「しまった」で、「志満っ多」の用法というのは、
普通の文章の中では、日本人は使いません。

江戸時代のかなの用法というのは、実に千差万別で、
1音に対して何種類もの字母を使い、
また、同じ字母でも、様々なくずし方の字を使っていました。

「現代ひらがな」は、幕末に活字印刷で活字に採用された一群の文字です。

明治も早期に、「現代かな」の印刷物が見られます。(明治6年の本を、近くの郷土資料館で見ました。)
こうして印刷物でかなり広く定着したのを、明治33(1900)年に、文部省が小学校令で追認しました。

「現代かな」の一群のルーツは、
江戸時代に日常的に多用された「かな」とは、別扱いの、
「見出しや順序数代わり」には使われたものの、

実際に手書きで書かれた文書では、その一群だけでは滅多に使われない、
独特の一群です。

江戸時代の人は、この別扱いの現代かなのルーツである「いろは」と、

日常多用の、「ふりがな」・「漢字かな混じり文本文」(読み本など)
に使われた「かな」、と、

「書」用の「かな」、

実用文(候文)用の「かな」を、気にして使い分けていたのです。

「しまった」というような口語文は、
明治以降の口語表記運動で出てきた文章ですが、
このような口語文で「志満っ多」などと、日本人が書いた例は、
ありません。

また、昭和12年(1937年)ですと、
現代ひらがなで書くように指導が始まった1900年に7歳だった人は
44歳ですから、

44歳以下の普通の兵隊さんは、大方が、「現代ひらがな」で書いたはずで、変体仮名で書く人は、珍しかったはずです。

そもそも、字の使い方が、間違っています。
日本の実情を知らない、中国人の情報工作担当者ではないでしょうか。
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