南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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Frau Steffi 薬害エイズ

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2010/08/13 05:54 投稿番号: [21822 / 29399]
>「731部隊」の人体実験云々については、裏づけのない何人かの“自称”関係者の証言以外、確たる証拠は何ひとつ確認されていないはずですよ。>

証拠がなければ何をしても良いという人間がいるから、こんな悲惨な
事件が起きるんじゃ〜ないですか:

- QUOTE -
薬害エイズと日本の医学者
七三一部隊の陰を引きずったミドリ十字

ミドリ十字が設立されたのは1950年11月で、朝鮮戦争が勃発した5ヶ月後である。

当時は「日本ブラッド・バンク」という名称で、設立者は内藤良一という人物だった。

内藤は、侵略戦争当時、陸軍軍医学校「防疫研究室」の主任であった。

この「防疫研究室」の主幹は、かの有名な七三一部隊の石井四郎だった。

石井は満州で細菌戦の人体実験を行いながら、一方で侵略戦争全域での細菌戦展開の作戦についてはこの内藤に命じていた。つまり内藤はいわば七三一部隊の総参謀役ともいえる人物だった。

アウシュビッツにも匹敵する戦争犯罪だった七三一部隊の罪状がアメリカ進駐軍によって意識的に免罪され、データがアメリカに売り渡され、それと引き換えに七三一部隊関係者はその庇護のもとに戦後の社会で活動したことは周知の事実である。

そして、朝鮮戦争でアメリカ軍人の輸血の必要が生じたことを契機に、内藤は売血制度を中心にして「日本ブラッド・バンク」を設立した。

設立当時は石井の後の七三一部隊の部隊長だった北野政次が東京の工場長をしている。

また石井の京都大学在籍時の指導教官だった木村廉が会社の顧問的役割を果たしていた。

このように、ミドリ十字は元から七三一部隊の陰を引きずって生まれ、七三一部隊の犯した戦争犯罪を何ら反省しない人々によってその事業が始められた。

それ以後、戦後日本の医学界に入り込んだ七三一部隊の研究者とその弟子たちを取り込んで発展してきた会社である。

「非加熱製剤」が中止された後にも、それを回収するどころか販売し続けるという人命軽視、人間無視の姿勢は、まさに七三一部隊の思想を今に受け継いでいるといえる。

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