八甲田雪中行軍遭難事件
投稿者: anthoniy_williams 投稿日時: 2008/12/23 17:23 投稿番号: [20980 / 29399]
なぜ日本兵は寒さに強かったのか?
明治以来の戦争の中で日本の敵国は寒冷地が多く、伝統的に日本兵は寒さに強くなることが要求されたのである。
そして寒さに対する訓練は厳しさを増し、行き過ぎた訓練がこの事件を起こした。
事件の背景には、日本陸軍が冬季訓練を緊急の課題としてすすめていたことが挙げられる。日本陸軍は1894年の日清戦争で冬季寒冷地での戦いに苦戦し、そしてさらなる厳寒地での戦いとなる対ロシア戦を想定し準備していた。こうした想定は、事件から2年後の1904年に日露戦争として現実のものとなった。
日露戦争直前の1902年に、ロシアとの戦争に備えた寒冷地における戦闘の予行演習として、また陸奥湾沿いの青森から弘前への補給路をロシアの艦砲射撃によって破壊された場合を想定して、日本陸軍が八甲田山で行った雪中行軍の演習中に、参加部隊が記録的な寒波に由来する吹雪に遭遇し210名中199名が死亡した。演習当日には、北海道で史上最低気温が記録されるなど、例年の冬とは比べ物にならない寒さであったとされている。-20℃以下だったとの推測を青森5連隊が報告書の中で残している。
これは メッセージ 20979 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/20980.html