Re: エスキモー
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/12/23 15:46 投稿番号: [20979 / 29399]
住居
そうした生活において住居は、どの地域でも例外なく、冬には伝統的に、流木や鯨骨の骨組に芝土を張りつけた竪穴式住居を用いた。屋内の暖かい空気を逃さないよう、家の床につづくトンネルから人々は出入りした。また、木材などに恵まれていないカナダの中部北極地帯では、冬の海氷上に雪だけで建てるドーム形の家、いわゆる「イグルー」がよく知られている。酷寒の冬の時期にあって、照明、暖房、調理など、生活に欠かせない火はアザラシの脂を燈明皿のような石ランプで燃やして得た。竪穴住居は二十世期末の現在では使われていないが、雪の家は、冬の狩猟キャンプに今でもカナダやグリーンランドでは使われている。
夏の家屋は、簡単な流木などの骨組に使い古したアザラシやカリブーの皮を張ったテントが一般的であった。テントを用いる季節には、野外に作った炉でコケや權木を燃やした。夜、寝るにあたっては冬の家屋では、部屋の奥の一段と高い台の上に、夏にはテントの床に直接敷いた数枚の毛皮の間に入ってはだかのままで休んだ。
冬のキャンプには、カシム(カリギ)という、一般の住居よりも大きな建物があった。ここで共同儀礼を行なったり、集団全員で会食をしたりした。アラスカでは、カシムは成人男性が寝起きする場所でもあった。
アレウト(アリュート)人は、一年を通して、数家族が共同生活を営むロング・ハウスとよばれる、長さ十数メートルの大きな竪穴式住居に定住していた。寒さがそれほど厳しくないアリューシャン列島では、屋根の穴に梯子をかけて出入りした。
衣服 無比の防寒性をほこるエスキモーの衣服は、一年を通して、毛を内側にした、毛皮の上着とズボンが基本で、冬にはその上に毛を外側に仕立てた外衣を着た。毛の中に気泡が多く、かたくて長い毛と密生のウールの二重の毛のあるカリブーの毛皮が、軽くて、最も暖かい材料であるが、そのほかにも、重いが暖かいホッキョクグマや、防水性の高いアザラシの毛皮などは状況に合せて使われた。獣皮に比べて弱いが、軽くて暖かい鳥の皮の服は内衣として着用することが多かった。やや大きめに作られたこの服は、体との間に空間があり、内衣と外衣の二重構造になっているので、理想的な防寒服といえよう。頭からすっぽりかぶる上着は、ボタンを使わないで防寒性を高めた。ちなみに、この原理を駆使した防寒服のアノラックは、エスキモー語から日本語に入った借用語である。
夏の海上猟には、セイウチやアザラシの腸をさいて縫い合せた防水服を着用していた。下着は男女ともに毛皮のパンツだけであるが、着用しない場合もあった。汗が服に沁みこんで凍ると体が動かせなくなる心配があるので、汗をかきそうになると、上着の裾から冷たい外気をとり入れてフードをとって襟から抜いて、体温を調節する。フードは息が凍りつかないオオカミやグズリの毛皮で縁どることが多い。衣服は防寒具としての役割のほかに、裁断の方法や色の組合せの違いによってそれぞれの地域集団のアイデンティティ(帰属意識)の表現となっていた。一九六〇年代になると、このような毛皮服は、もっぱら狩猟のときに使われるだけになった、普段は、ジーパンや羽毛コート(ダウン・コート)などの既製服が好まれて一般化している。
夏の家屋は、簡単な流木などの骨組に使い古したアザラシやカリブーの皮を張ったテントが一般的であった。テントを用いる季節には、野外に作った炉でコケや權木を燃やした。夜、寝るにあたっては冬の家屋では、部屋の奥の一段と高い台の上に、夏にはテントの床に直接敷いた数枚の毛皮の間に入ってはだかのままで休んだ。
冬のキャンプには、カシム(カリギ)という、一般の住居よりも大きな建物があった。ここで共同儀礼を行なったり、集団全員で会食をしたりした。アラスカでは、カシムは成人男性が寝起きする場所でもあった。
アレウト(アリュート)人は、一年を通して、数家族が共同生活を営むロング・ハウスとよばれる、長さ十数メートルの大きな竪穴式住居に定住していた。寒さがそれほど厳しくないアリューシャン列島では、屋根の穴に梯子をかけて出入りした。
衣服 無比の防寒性をほこるエスキモーの衣服は、一年を通して、毛を内側にした、毛皮の上着とズボンが基本で、冬にはその上に毛を外側に仕立てた外衣を着た。毛の中に気泡が多く、かたくて長い毛と密生のウールの二重の毛のあるカリブーの毛皮が、軽くて、最も暖かい材料であるが、そのほかにも、重いが暖かいホッキョクグマや、防水性の高いアザラシの毛皮などは状況に合せて使われた。獣皮に比べて弱いが、軽くて暖かい鳥の皮の服は内衣として着用することが多かった。やや大きめに作られたこの服は、体との間に空間があり、内衣と外衣の二重構造になっているので、理想的な防寒服といえよう。頭からすっぽりかぶる上着は、ボタンを使わないで防寒性を高めた。ちなみに、この原理を駆使した防寒服のアノラックは、エスキモー語から日本語に入った借用語である。
夏の海上猟には、セイウチやアザラシの腸をさいて縫い合せた防水服を着用していた。下着は男女ともに毛皮のパンツだけであるが、着用しない場合もあった。汗が服に沁みこんで凍ると体が動かせなくなる心配があるので、汗をかきそうになると、上着の裾から冷たい外気をとり入れてフードをとって襟から抜いて、体温を調節する。フードは息が凍りつかないオオカミやグズリの毛皮で縁どることが多い。衣服は防寒具としての役割のほかに、裁断の方法や色の組合せの違いによってそれぞれの地域集団のアイデンティティ(帰属意識)の表現となっていた。一九六〇年代になると、このような毛皮服は、もっぱら狩猟のときに使われるだけになった、普段は、ジーパンや羽毛コート(ダウン・コート)などの既製服が好まれて一般化している。
これは メッセージ 20975 (anthoniy_williams さん)への返信です.