南京大虐殺を隠そうとする心理とは?
投稿者: victor_e_frankl 投稿日時: 2008/07/15 16:08 投稿番号: [20378 / 29399]
大分県の教員試験における不正が明らかになりつつある。
良くない知らせや悪いニュースは,ひとつが明らかになると,あとから・あとから出てくる。
そしてそのたびに前言撤回や,修正がされて,嘘の上塗りをしようとしていたことがバレてしまう。
南京大虐殺をこの系譜に加えるのは,どうかと思うけれど,
「隠す心理」は同じだと思う。
ところで,どうして「隠そう」とするのだろうか。
もちろん,都合が悪いからには違いない。
でもバレたときのことや,もっと悪い事態に進展したときのことを考えないのだろうか。
昔のことなので、いつかは忘れ去られてしまうことを期待しているのか?
これ以上悪いことは起こりっこないという楽観的な希望か。
だまって頭を下げて身を隠していれば,嵐は通り過ぎるという経験則か。
それともバレるのはずっと先で,そのとき自分は逃げ仰せていると踏んでいるんだろうか。
思考停止。
良心・倫理・社会的責任
口から出た瞬間に霧散する,空疎なコトバ。
南京大虐殺の事実を隠す必要はない。
「隠す」ということは、ある意味「虐殺」の事実よりも恥ずかしいことかもしれない。
これは メッセージ 1 (yuukouheiwa さん)への返信です.
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