yominokuni56、ぶっ壊れの証明
投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2007/09/04 08:15 投稿番号: [19306 / 29399]
1、Re: yominokuni56さん、平和に対する罪って 2007/ 8/28 6:39 [ No.19203 / 19256 ]
投稿者
yominokuni56
より
>おいおい、、
ソ連の参戦は
成り行きから当然
日本政府は知っていたんだがね(笑)
*1945年4月6日にソ連は日ソ中立条約を延長しないことを一方的に決定して日本に通告した。その理由として「情勢が締結当時と一変し、今日本はソ連の敵国ドイツと組して、ソ連の盟友米英と交戦しており、このような状態において日ソ中立条約の意義は失われた」と述べられた。同条約の効力が失われるのは1946年4月25日であったが、当時の政府及び軍関係者はソ連の対日参戦の意思をこの時点で認識できなかった。・・・
*以下はWikipediaの引用(知ったかぶりするために、引用元は隠していた!)
自分の主張を補強するために引用した?
しかし中身は正反対だった!
ぶっ壊れている!
2、「日ソ不可侵条約」がどうだこうだと、エラそうに書いていたので、「そんなものはない」と指摘してやった。
日ソ中立条約を誤って記憶していたか、単なる無知である。
ところが「不可侵条約と中立条約は同じことである」と突っ張った。無知だから。
yominokuni56が調べたはずのWikipediaは、次の通りになっている。
>日ソ中立条約
>締結への経緯
>当時の日本はアメリカなどと関係が極端に悪化していた。当時の駐ソ連大使であった東郷茂徳は、日独伊三国軍事同盟の締結に反対し、むしろ思想問題以外の面で国益が近似する日ソ両国が連携することによって、ナチス・ドイツ・アメリカ・中華民国(蒋介石政権)の3者を牽制する事による戦争回避を考え、日ソ不可侵条約締結を模索していた。
ところが、松岡洋右が外務大臣に就任すると、構想は変質させられ、日独伊三国軍事同盟に続き、日ソ中立条約を結ぶことによりソ連を枢軸国側に引き入れ、最終的には四国による同盟を結ぶことで、国力に勝るアメリカに対抗することが目的とされた。
註)不可侵条約と中立条約は明白に区別されている。記述としてはもちろんこれが正しい。
yominokuni56は、歴史に関する知見を唯一Wikipediaに求めていながら、読めていない。読んでもわからない。誤読する。
yominokuni56は完全に壊れている。
この種の指摘をすると、yominokuni56はかならず別の事をながながと書いてごまかそうとする。
悪擦れ、ごまかし、丸見えだが、すがりつくように何か書く。一種の病気だな。
ま、反応を見ようか
(笑
(笑
これは メッセージ 19257 (koudousuru009 さん)への返信です.
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