「原爆しょうがない」論と「核の傘」論①
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2007/08/04 18:14 投稿番号: [18670 / 29399]
「そこ(原爆投下)までやったら日本も降参するだろう、
そうしたらソ連の参戦を止めることができる・・・・」
原爆投下を「しょうがない」と発言した前防衛相は、このようにも語っていた。
非人道的な原爆投下を、よりによって被爆国の閣僚が
「しょうがない」と発言し、このような残虐行為を
上記のような理屈で正当化しようというのだから呆れるほかない。
心からの怒りと悲しみを覚える。
しかし、このような「原爆投下しょうがない」論は、
じつは
まったくの虚言なのだ。
事実として
これまで公開された米側資料から、
①日本への原爆投下はソ連の参戦が問題になっていない時期に検討が始まっていた
②多数の関係者が、原爆投下しなくても日本は敗北するとして投下に反対していた
③日本への原爆投下は戦後世界でのソ連封じ込め策と結びついていた
ことが判明している。
米国の核兵器開発は、すでに対日戦争開始の1941年当時に決定されていた。
43年5月の「軍事政策委員会」(原爆計画に関する大統領任命政策グループ直属機関)
の文書では、原爆投下対象として日本の名が挙がり、目標設定作業が進められる。
そこでは原爆投下の効果の測定が重視され、
「人口密集地域」、「周囲を労働者の住宅で囲まれた軍需工場」を
標的にすることが検討されていた(45年5、6月)。
45年7月には
米西部で原爆実験が行なわれ、投下準備は最終段階に至る。
しかし、この時点で少なくない関係者が、原爆を投下しなくとも日本の敗北は
決定的だと考えていた。
たとえば
アイゼンハワー欧州連合軍最高司令官(後の大統領)は、
日本への原爆投下計画を伝えたスティムソン陸軍相に対し
「日本はすでに敗れているのだから原爆投下は全く不必要」であるし、
「その兵器を使うことが、もはや米国人の生命を救うための措置としては
欠かせないものではなくなったさいに、わが国がこれを使って世界の世論を
憤慨させることは避けるべきである」(『アイゼンハワー回顧録』63年刊)
と話し、原爆投下に反対していた。
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