南京虐殺の事実は消えない③
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2007/07/22 15:14 投稿番号: [18231 / 29399]
死人に口なし、という言い方があるとおり、
南京大虐殺の犠牲者数が どれほどであったかを明らかにすることは、
現在となっては きわめて困難だといわざるを得ない。
そもそも 犠牲者は何万人だったか、という議論そのものが問題の本質ではないが、
犠牲者は少数だから大虐殺というのはウソだ、などと否定派が吹聴するのならば
その根拠をきちんと示すようにと反論したい。
南京戦の期間と範囲を極端に狭めれば、犠牲者数は少なく見積もることも可能だろう。
しかし、その逆に 期間と地域を広くとれば、犠牲者はいくらでも増える。
客観的にみれば、期間は南京攻略戦がはじまった1937年12月のはじめから、
日本軍側が公式に治安が回復したと認めている38年3月までとし、
地域は南京市街と 南京行政区の6県すなわち江寧、句容、漂水、江浦、六合、高淳
を対象範囲とするのが穏当であると考えられる。
この間の捕虜の殺害数、便衣兵の処刑数、一般市民の犠牲者数については、
前述したとおり、日本軍側の記録や証言、国際委員会など第3者の記録などによって
個々の事例については明らかにされている。これらの断片的な記録に限ってみても、
少なくとも 数万規模の虐殺が行なわれていた事実が確認できる。
それは、判明している部分であり、全体の一部にすぎない。
死体埋葬に活動した宗教団体の救済隊埋葬班の総計表によれば、
城内で1937年12月から38年2月までに1,793体、
城外で38年10月までに41,278体、合計43,071体と記録されている。
また、慈善団体の埋葬活動一覧表によると、城内で38年3月までに7,549体、
場外で38年4月までに104,718体、合計112,267体となっている。
両団体によって埋葬された死体の数は合わせて約15万5千という数字に達し、これが
客観的根拠となって、南京では15〜20万が犠牲になったと国際社会で認識されている。
否定派は、この埋葬記録は信用できないとし、とりわけ慈善団体は葬儀屋で、
金欲しさに数を水増ししているのだなどと主張している。
しかし、この慈善団体は歴史と伝統のある慈善事業団体の崇善堂であり、当時の記録でも
崇善堂埋葬隊が38年2月に南京市自治委員会に遺体埋葬の補助を求めた記録や
江蘇省振興委員会に補助を求めた書簡などが残されており、その実在と活動はあきらかだ。
なによりも、その埋葬記録を否定するだけの史料は存在しない。
さらに、それ以外にも 戦後になってから発見された埋葬記録がある。
これは 中国紅卍字会南京分会(紅卍字とは日本の赤十字のこと)のもので、
1938年1月から5月にかけて、南京周辺で22,671体の死体を収容し埋葬した
という記録だ。(南京事件調査研究会編「南京事件資料集2中国関係資料編」青木書店)
日本軍占領下で活動した当時の赤十字の記録であり、故意に誇大に報告したものではない。
また、日本軍が占領後に傀儡機関として発足させた南京自治委員会、
のちの南京政府の衛生局が行なった死体埋葬の記録もある。
日本軍の南京特務機関が作成した「南京市政概要」には、衛生局が埋葬した死体の数は
10,794体という統計を載せている。
これは、日本軍の記録であるから、わざわざ水増しする必要などない数だ。
したがって、前述の慈善団体と紅十字会、この南京市衛生局の埋葬数をたせば
約19万体の死体が埋葬されたということになり、多少の水増しがあったとしても
おびただしい犠牲者の数であったことは間違いない。
もちろん、これは 死体が確認されたからこそ収容され埋葬できたわけであり、
揚子江に投げ込まれた死体や郊外の辺地に埋められた死体は発見されなかったものも
少なくないと考えるべきだろう。
↓マヌケな質問を繰り返す南京虐殺否定派には、下記の台詞をそっくりお返ししたい。
>全ての辻褄が合わないのは、何故だ?
ツジツマが合わないのは、どちらだろうか?
南京大虐殺の犠牲者数が どれほどであったかを明らかにすることは、
現在となっては きわめて困難だといわざるを得ない。
そもそも 犠牲者は何万人だったか、という議論そのものが問題の本質ではないが、
犠牲者は少数だから大虐殺というのはウソだ、などと否定派が吹聴するのならば
その根拠をきちんと示すようにと反論したい。
南京戦の期間と範囲を極端に狭めれば、犠牲者数は少なく見積もることも可能だろう。
しかし、その逆に 期間と地域を広くとれば、犠牲者はいくらでも増える。
客観的にみれば、期間は南京攻略戦がはじまった1937年12月のはじめから、
日本軍側が公式に治安が回復したと認めている38年3月までとし、
地域は南京市街と 南京行政区の6県すなわち江寧、句容、漂水、江浦、六合、高淳
を対象範囲とするのが穏当であると考えられる。
この間の捕虜の殺害数、便衣兵の処刑数、一般市民の犠牲者数については、
前述したとおり、日本軍側の記録や証言、国際委員会など第3者の記録などによって
個々の事例については明らかにされている。これらの断片的な記録に限ってみても、
少なくとも 数万規模の虐殺が行なわれていた事実が確認できる。
それは、判明している部分であり、全体の一部にすぎない。
死体埋葬に活動した宗教団体の救済隊埋葬班の総計表によれば、
城内で1937年12月から38年2月までに1,793体、
城外で38年10月までに41,278体、合計43,071体と記録されている。
また、慈善団体の埋葬活動一覧表によると、城内で38年3月までに7,549体、
場外で38年4月までに104,718体、合計112,267体となっている。
両団体によって埋葬された死体の数は合わせて約15万5千という数字に達し、これが
客観的根拠となって、南京では15〜20万が犠牲になったと国際社会で認識されている。
否定派は、この埋葬記録は信用できないとし、とりわけ慈善団体は葬儀屋で、
金欲しさに数を水増ししているのだなどと主張している。
しかし、この慈善団体は歴史と伝統のある慈善事業団体の崇善堂であり、当時の記録でも
崇善堂埋葬隊が38年2月に南京市自治委員会に遺体埋葬の補助を求めた記録や
江蘇省振興委員会に補助を求めた書簡などが残されており、その実在と活動はあきらかだ。
なによりも、その埋葬記録を否定するだけの史料は存在しない。
さらに、それ以外にも 戦後になってから発見された埋葬記録がある。
これは 中国紅卍字会南京分会(紅卍字とは日本の赤十字のこと)のもので、
1938年1月から5月にかけて、南京周辺で22,671体の死体を収容し埋葬した
という記録だ。(南京事件調査研究会編「南京事件資料集2中国関係資料編」青木書店)
日本軍占領下で活動した当時の赤十字の記録であり、故意に誇大に報告したものではない。
また、日本軍が占領後に傀儡機関として発足させた南京自治委員会、
のちの南京政府の衛生局が行なった死体埋葬の記録もある。
日本軍の南京特務機関が作成した「南京市政概要」には、衛生局が埋葬した死体の数は
10,794体という統計を載せている。
これは、日本軍の記録であるから、わざわざ水増しする必要などない数だ。
したがって、前述の慈善団体と紅十字会、この南京市衛生局の埋葬数をたせば
約19万体の死体が埋葬されたということになり、多少の水増しがあったとしても
おびただしい犠牲者の数であったことは間違いない。
もちろん、これは 死体が確認されたからこそ収容され埋葬できたわけであり、
揚子江に投げ込まれた死体や郊外の辺地に埋められた死体は発見されなかったものも
少なくないと考えるべきだろう。
↓マヌケな質問を繰り返す南京虐殺否定派には、下記の台詞をそっくりお返ししたい。
>全ての辻褄が合わないのは、何故だ?
ツジツマが合わないのは、どちらだろうか?
これは メッセージ 18230 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.